「2000年ごろから“あきらめ症候群”という不可解な症状が、スウェーデンで難民申請中の子どもに見られるようになった。」
BSドキュメンタリー1月24日夜。番組は上のようなテロップから始まります。https://www.nhk.jp/p/wdoc/ts/88Z7X45XZY/episode/te/LR6MJ5R363/
フルカン少年は語ります。「故郷のコソボにいたとき家の窓に石を投げつけられ、ナイフを手に入ってきた人に壁をズタズタにされた。全部は覚えていない。姉さんたちがああなったわけはよく思い出せない。」横たわる少女の足をマッサージする父親ムハレム・デミリ。母ヌリエ・デミリはパンを作ります。
デミリー家の長女イバデタの夢は医者になることでした。次女ジェネタは芸術家になりたいと。長男レスル・次男スルカンはサッカー選手になりたいのかも。2007年デミリ一家はコソボ紛争後も続いた民族迫害を恐れてスウェーデンに逃れました。しかし3年後強制送還に。母国コソボでは迫害が続き、2014年一家はスウェーデンに再入国し、改めて難民申請をしましたが、申請は2度棄却され、不服申し立てをしています。
長女と次女は寝たまま起きないのです。「あきらめ症候群」と呼ばれているそうです。彼女たちの手足は時にひどく冷たくなります。彼女たちが眠っているのか起きているのか医師にも見分けがつかない・・・親たちには眠っているときはいびきをかくのでそれと分かるそうです。往診の医師エリザベス・ハルトクランツと親たちとの会話の間を長男レスルが通訳します。「前回と変化はなし、時間がかかりそうね。お大事に。」と医師は帰っていきます。
雪かきをするレスルとフルカン。両親は娘たちをを車椅子に乗せて食堂に連れてきて「食べないと強くなれないぞ」と語りかけながら食事が始まります。イスラムの神に祈りを捧げて食事を摂ります。ラジオの声が流れます。「その子どもたちは謎でした。見たことのない症状だったのです。」アストリッド・リンドグレーン子ども病院の小児科医イェプソン氏が語ります。「似たような症状はクマなどの冬眠する動物に見られます。エネルギー消費量が激減、心拍数も減り、横たわって動きません。世界中の小児科や精神科の医師が原因と治療方法を議論してきました。ほぼ明白なのは子どもたちが母国で深刻な心的外傷を負ったことです。」
美しいスウェーデンの風景。兄弟が雪の中を歩きます。歩きながら宇宙の話をします。一面の雪の上を駆ける兄弟は月を見て叫びます。「僕は火星へ行くぞ!」フルカン少年「火星はオレンジ色をしている。赤といってもいい。火星に生物がいるかどうか見に行くんだ。きっといると思う。」
兄弟と違って姉妹は眠り続けます。学校から先生がやってきました。「今日は気持ちいい天気よ。外は一面の緑、木々が芽吹いたのよ、春なの、太陽が輝いて暖かいわ。すてきな日。ジェネタ・イバデタ、あなたたちも外に出たら感じるわ・・・春のそよ風、花の香り、植物や土のにおいを。新鮮な息吹を感じるはず。」
フルカン少年。「あの記憶がよみがえっては消える。何度もなんども。誰かが僕の喉をつかんだんだ。窓越しに見ていたジェネタは恐怖で床に倒れた。バタンって。」その後両足、頭などの痛みを訴え、意識を失っていったジェネタを、家族は、死んでしまうのでは、と思いました。
姉妹を車に乗せて家族は出かけます。社会保障番号の申請に役所に向かったのです。「姉さんたちの病気のことを、友達が全員知っているのが辛い。知られたくないんだ。」とフルカンは母に言います。
フルカン少年「火星に行く宇宙船を作るんだ。そしていってやる。もう俺をバカにすんなよって。嫌がらせもなくなるだろう。」古い車をおいた店に、火星の部品を探しにきた少年。彼は部品を集めて宇宙船を作り始めました。
一方姉妹は眠り続けているように見えます。「種々の憶測や風説が飛び交うあきらめ症候群、単なる仮病という医師もいます。医学的問題は政治的問題に変わってきています。スウェーデン移民庁によれば症例は増加傾向、多くは難民申請の棄却後に発症。本国送還への恐怖がストレスとなってあのような症状が引き起こされるといわれます」とラジオの声。
コソボでは、デミリー家は狙われていました。家に爆弾を二つ仕掛けられました。コソボでは望まれない存在だったのです。イバデタに異変が起きたのは、国外退去命令を読んだときです。気を失って口もきけなくなったイバデタは、2年半前に妹と同じ状態になってしまったのです。
学校から先生が来ました。あなたは図書館が好きだったわね。イバデタは17歳、ジェネタは16歳。「同じ症状の子どもを持つ家族との連絡はありますか?」と先生が問います。三週間前に尋ねて来た家の娘も難民申請が却下された後に同じような症状に陥ったといいます。
「スウェーデンでは難民申請は受け付けられない、保護を受けるにはその国の言葉を話し、その国に溶け込まなければならない。」とラジオの声は語ります。
フルカン少年。「兄弟姉妹仲良しで冗談を言い合っていた。僕は知っている、全部僕のせいだと。僕がいなければ姉さんたちはあんな風にならなかった。」父母は、「繊細なフルカンの前では涙を見せることができない、悲しむ家族を見せることはできない、と。フルカンが同じ病気になったらどうしたらいいか、可能性があると医者が言うのです。」と涙ながらにカメラに語りかけます。
家族に一時居住の許可が降りました。証明カードを手にした父は姉妹に語りかけます。「居住許可が降りたんだ。ご覧喜びなさい。お前の未来はスウェーデンにあるんだ。過去の苦しみも消えてしまいそうだ。この国で幸せになろう。ここで病気を直すんだ、もう国に帰らなくてもいい。」「これで姉さんたちも目を覚ますぞ。」
「目を開いて私たちを見てくれたらいいのに、毎日待っているのよ。周りで起きたことを全て話してあげる。」母は目覚めない娘たちに語りかけます。二人は、脈と血圧は完全に正常になりました。医師も彼女たちに語りかけます、すると瞼が動きます。
ラジオの声「2014年社会省は、あきらめ症候群に、新たな診断基準を導入。回復した子たちは周囲のことがわかっていたと証言。ある子は母親の声の変化に気づきゆっくり回復して行きました。大切なのは子どもたちの家族に孤立感を抱かせないこと。家族が安心できる支えが必要です。」
フルカン少年、大きくなりました。宇宙船を作り続けています。「僕は火星と冥王星に行きたい。でも冥王星だと死んでしまう」
難民センターの係りの人が父と話しています。「2DKの家しか提供できない。今の住宅事情ではこれが精一杯。住む場所はとりあえずこれで確保ね。」引越しの日、手伝ってくれるスタッフもいます。姉妹はまだ眠っているようです。母は語りかけます「全てうまくいっている。よりよい人生が開けるはず」。フルカン少年は体に電気を巻きつけて出かけます。彼の作った宇宙船も光っています。まるでバックトゥザフューチャーのようです。「僕は火星へと旅立ちます」
2019年7月、姉イバデタは目を開きました。その2ヶ月後、妹のジェネタが5年に及ぶ眠りから目覚めました。家族はスウェーデンでの永住を希望していますが難民申請はまだ認められていません。
制作は、Alva Film/Melisande Films/RTS/Dea Gjinovci(スイス・フランス)2020年。
コソボのことも難民の人々のことも断片的にしかわかっていない私です。「あきらめ症候群」についても初めて知りました。人の心と体の繊細さと不思議さ、人の残酷さと優しさ、希望を持つことの偉大さと困難さを強く感じました。
そしてスウェーデンという国の懐の深さを感じました。勿論フルカン少年が遠慮がちに語ったように、差別やいじめは、かの国にもあるでしょう。しかし、国の移民担当の係がきちんと機能しており、また医師や学校の先生たちも対応しています。一方で「日本には“移民”はいません」という姿勢を崩さず、外国人労働者たちを「外国人材」と呼び続け、信じがたい「技能実習生制度」をやり続け、難民を受け付けず、ろくな支援もしない(と思う、している人々も勿論いるけれどシステムがない)日本の国のありようについて、改めて考えさせられました。
2022年1月25日(火)