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源氏物語の教え(大塚ひかり)と 源氏物語の名場面(島内景二)  

弥生三月彼岸のころ、寒い日が続き、思いのほか遅くなった桜の開花…卯月四月、新しいランドセルを背負った新入生(それにしてもあの重いゴツいランドセルはなくならないのですねえ)が入学式を迎えている今日5日、我が家辺りはソメイヨシノが今満開です、桜が咲くとウキウキしますね。道を歩く人たちも楽しげに見えます。

今日は、大塚ひかりさんの『源氏物語の教え もし紫式部があなたの家庭教師だったら』(ちくまプリーま新書)を読みました。面白い本でした。久々に集中して本を読むことができました。

今話題の大河ドラマ『光る君へ』で紫式部が主人公となっているので、世の中は平安ブーム、ネットでも平安時代のミニ知識情報が満載です。しかし、自分たちが学んできた「平安時代の史実」と「異なる」ストーリー展開に、「そんなことあり得ないだろう」と違和感を感じてドラマ視聴から抜けていく人が結構いるようです。

でも教科書や歴史便覧などに掲載されている「史実」って本当のことなのか?わかっていることは意外と少なくて、結構「思い込み」が多いことも、新しい資料が見つかるたびに私たちは思い知るのですが、それでも、例えば、「源頼朝」といえば、神護寺の、もはや本人でなく足利直義像とわかっているはずの肖像画がいまだに登場します(肖像画の力だとも言えますが)…と書いて、調べてみるといまだに論争中とか…そうなんだ、わからないことだらけなんだ。 https://artscape.jp/study/art-achive/1222844_1982.html#:~:text=%E9%8E%8C%E5%80%89%E6%99%82%E4%BB%A3%EF%BC%881180%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E3%80%9C1333,%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E7%B5%B5%E7%94%BB%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82

同時代の出来事ですら、ある出来事に対して様々な見方があって真実を見抜くことはとても難しいのに、1000年前のことを何が本当か決めることは不可能に近いですね。『光る君へ』も大石静さんワールドの一つのファンタジーとして、そのような見方もできるし、何より面白い、と、私は楽しんでいます。

大塚ひかりさんの『源氏物語の教え もし紫式部があなたの家庭教師だったら』も大塚ひかりさんワールドの視点がとてもユニークで面白くて、改めて紫式部すごい!と思わされます。

目次が優れもので、大塚さんの言いたいことが集約されています。まず1章と2章。

第1章 姫君の家庭教師・紫式部の教育方針(『源氏物語』の時代―女が生きるのは大変だった。紫式部はなぜ『源氏物語』を書いたのか?紫式部が「物語」を教材に選んだ理由)
第2章 男に大事にされ、かつ生き延びるには―紫式部が考える理想の女(「男に愛される女」が死ぬという設定―紫式部の真意。源氏の育てた理想の女紫の上―男に愛され、嫉妬に殺されないためには。自分を大事にした明石の君―身分以上の結婚と出世をするには。
決断力の女・藤壺中宮―人の上に立つには。『源氏物語』に描かれる反面教師―時代後れな「理想の女」)

これは『光る君へ』にも通じていますが(そりゃ当然静さんこの本およびこの本に影響をおよぼした様々な本を読んでいますよね)、紫式部が感じていた身分的な悔しさが物語を書かせたという視点が提示されます。その源氏物語の柱に、受領階級の娘の明石の君が身分以上の結婚と出世を勝ち取った物語を据えた。このことは、紫式部自身が果たせなかった夢を果たすことであり、またそのような夢を持つ(菅原孝標女のような)多くの読者をかちえた理由だ、と大塚さんは言います。

そして紫式部は、彰子の家庭教師役を務める女房であっただけでなく、その時代の女性たちや後世の読者の家庭教師であり続けた、と。明石の君が成功した要因は、①自分をよく知っている、②自分を大事にする、③たとえ相手が源氏のような高貴な男性でも、言うべきことは言う、④明石の君が源氏との間に儲けた明石の姫君が11歳で東宮に入内した時、自らは乳母的存在に徹し、晴れがましい母親役は養母の紫の上に譲るというような聡明さを持っている――の4つであり、「自分を大事にする人は他人にも大事にされ、自分を大事にしない人は他人にも大事にされない。紫式部は明石の君や紫の上を通じて、そう女子に教えているのである」。

(ちょっと脱線_この本を読んだ後、4月6日の島内景二さんの『古典講読 名場面でつづる「源氏物語」』を聴きました。その講義によると、室町時代の『河海抄』に、「源氏物語の主題は人間関係の全てが網羅されているところにある、よりよく生きてよりよく死ぬために必要な知恵を授けてくれる」に書かれているということです。私は全然知りませんでした。また、応仁の乱の頃の関白であった一条兼良は『花鳥余情』で「正しい道徳の教えは深淵すぎて人の耳に入らないから女性読者の耳にも入る好色のことを描くことで生きる道のあり方を源氏物語は描いている、読者は光源氏や紫上の失敗から人の生き方を学べるのだ」と書いているそうです。すごいですね。そしてそういった読み方から『湖月抄』の主題解釈が行われたそうです。それを否定し「もののあはれ論」を展開したのが本居宣長の『源氏物語玉の小櫛』だそうです。島内さんは必ずしも本居宣長の考え方が正しいとは限らない、と言っておられました。島内さんのこれからの講義がとても楽しみです。)

大塚さんに戻ります。3章の目次。

第3章 職場で生き抜くには―人に認められる女になるための処世術(何がなくても自己肯定。セクハラ満載の社会で女が生き延びるには。つまらぬことばも喋り方しだい。とにかく足を引っぱられないようにせよ。赤の他人の親切には感謝の気持ちを)

・・・大塚さんは、「紫式部は、(自分の)娘をはじめとする、とりわけ受領階級の女子たちに、『源氏物語』を通じてこう言いたかったのだ。『この世にはこんな差別的な男がいるんだよ。どんなにイケメンで社会的地位が高くても、大貴族の中にはあなたを人間扱いしない男がいるんだから、気をつけて』と」と書きます。そして、身分の高い者であっても、いつ没落するかわからない、その時、今までは寄ってこなかったセクハラ男たちの存在が初めて見えてくるのだ、だから、学ばねばならない・・・「落ちぶれた時、拠り所になるのは学問であり、学問があってこそ政治の世界でも重用される。実務能力を発揮できる」。・・・今に通じる考え方ですね。

第4章 死にたいあなたに―あなたを人間扱いしない者とはつき合うな(ダメ女たちの物語・宇治十帖『源氏物語』の教訓)
おわりに 「ダメ女」は実はダメじゃない(かけがえのない人などいないという教え。誰かの「身代わり」にされた女が「不倫」をする人から見てダメだっていい)

大塚さんは、宇治十帖の登場人物たちを「ダメ人間」と断じ、ダメ人間代表の浮舟を通じてダメ人間からの脱却方法が示されていると見ています。「(宇治十帖について)紫式部ははっきり、『これはダメ女の物語なのだ』と読者に宣言する。私はもう理想の女は書かない。豊富な財力と人を投入して育てられた権力者の娘より、恵まれない女が優れているなどという夢物語はもう書かない。自分をだまして犯す男に惚れるようなふがいない女、はっきり男をはねのけられないような気弱な女、人に侮られるようなダメ女が、どうやって自分を取り戻し、幸せを感じるようになれるのか」「それまで現れたどの女君とも別種の、結婚しない道を選んで、よみがえる」のです。

横川僧都は、川に流れてくる浮舟を「人なり」と言い、助けます。「人」として認められながらも浮舟は自分を「つまらぬ不要の人間です」と蔑んで泣く。しかしそれまで「人形(誰かの身代わり)」であった浮舟は、自分の意思で「恥ずかしくても尼にしてくださいと言おう」と決め、素早く行動し、強く主張して尼になり、気持ちがやっと晴れるのです。世間では「落ちぶれた」とされる「出家」が浮舟にとっては幸せな道であったのです。「紫式部は自分自身で感じる『幸福感』こそ大事なのだ、と教えている」のです。そして最後まで気持ちがすれ違い、それぞれ別の物思いに耽る薫と浮舟を描くことで、「すれ違うのが人間なんだ。分かり合えると思うな。あなたがまず自分を人間扱いしよう。自分の幸せは自分で決めよう、と」紫式部は教えている、と言います。

そして「おわりに」の最後に、紫式部集の「わりなしや人こそ人と言はざらめみづから身をや思ひ捨つべき(理不尽ね。他人が私を人間扱いしないとしても、自分で自分を見捨てていいものか。いいはずやないよね)」という言葉をあげ、「まずあなた自身が自分を人間扱いする。幸運ではなく幸福を感じるカナメはそこにある」。と結びます。

いやあ、面白い!

今、私は仲間達と少しずつ『源氏物語』の原文を読んでいます。今ちょうど宇治十帖を読んでいます。そこに描かれている人間模様や言葉に感じられるリアリティに驚きながら。

何年もかかって『源氏物語』を全訳した大塚さん、訳している間に『源氏物語』に書かれているのと同様だと感じる事件に巡り合います。例えば2017年座間市で自殺願望の9人の男女を男が殺害したという事件の犯人は、浮舟に取り憑いた物の怪が発したことば「この人は自ら死にたがっていたので、その気持ちに乗じて取り憑いたのだ」と同じ内容のことを言います。また、同年12月に「me too」ムーブメントが起きたときには、物語の終わりに恥ずかしくても自己主張することで晴れ晴れしさを取り戻した浮舟の姿と現代の女性たちの姿が重なるのです。大塚さんは、千年前『源氏物語』は、パワハラやセクハラの原点を抑え、「逃げろ」という結論に達していた、と看破し、どんな時代にも通用する生きるにあたっての「実用性」があるからこそ面白いのだ、と確信したのです。

最後の最後まで面白い本でした。

そして島内景二さんのラジオ講座での「湖月抄」までの源氏物語理解、と、大石静さんの『源氏物語』が、楽しみ。また、大塚ひかりさんの他の本も読んでみよう。

2024年4月 今は12日です。うまく書けなかったなあ、と思いつつアップします。3月、忙しかったり、いろいろ面白いことがあったりして、頭がバラけてまとまりませんでした。花粉やら黄砂やらの影響もあったのかな。まとまらないなりに、やはり、書く作業は良いもの、ですね。

我が家のベランダではガーデンシクラメンが咲き始めました。