茨城県鹿島市。コンビナート砂漠と呼ばれた場所。サッカークラブ運営にはもっとも適していない(約30キロ圏内の半分は海。人口は27万人)。ここに、J最多8回の優勝、2018年アジア王者 世界2位の常勝軍団鹿島アントラーズが存在することは、奇跡といえる出来事。
そんな奇跡の物語を取り上げたのが、新番組「スポヂカラ」(BS1)の初回です。(5月12日放送)https://www.nhk.jp/p/ts/LNMQ4YZN77/
始まりは1990年。きっかけを作ったのは鹿島臨海工業地帯。娯楽施設もなく単身赴任者ばかりの「コンビナート砂漠」。茨城商工労働部勤務の北畑さんは1982年のサッカーワールドカップスペイン大会を見たとき、この熱気で町を生まれ変わらせたいと考えました。町にはちょうど住友金属サッカー部がありました。すぐさま川淵キャプテンにぜひ参加したい、と相談したら、99.9999パーセント無理だと言われてしまったのです(100%ダメだと言ったら申し訳ないから、と川淵さん)。しかし北畑さんは「0.0001% の可能性は?」と食い下がります。川淵さん「スタジアムを建設すること。通常4年かかるところを15ヶ月で完成させること。」と応えます。川淵さんも北畑さんもそれは無理だと思いました。
しかし部下たちが「一回ダメって言って諦めたらダメですよ」と北畑さんを励まし、職員一丸となって調べ、あらかじめ打ち出されたコンクリートを使うプレキャスト工法を見つけ出し13カ月で完成させる道を見つけ、資金を県が出すという知事からの約束まで取り付けたのです。!(◎_◎;)
地域振興のための取り組みにすべく、住友金属のJリーグ加盟プロジェクトの野見山篤さんが、近隣の企業の人に協力を求めて走り回りました。それは住金がやっている事業、住金の宣伝になるだけと考えて多くの企業は断ったのです。そこで住友金属はチーム名から会社名を外すと大きな決断をし、地域の活性化のためにプロ化を目指すんだという姿勢を打ち出したのです。これが転機となり、賛同の声が集まり、周辺11の自治体を含むなんと26万人の賛同書を川淵さんに渡すことができたのです。
1991年2月14日参加10チーム発表の日、川淵さんの口から真っ先に名前が上がったのが「住友金属を母体とする鹿島アントラーズ」でした。地域と一体になってというJリーグの理念にかなうと判断されたのです。
当時のJリーグ参加10チームの中で、住友金属は唯一の二部リーグ、スター選手もおらず、他チームにかなうはずはありません。そこで住友金属は世界に認められる名選手ジーコに声をかけたのです。サッカーで地域を活性化したいという熱意に賛同して、1年前に引退していたジーコは復帰を決めたのです。鹿島にやってきたジーコは、「一体何をやっているんだ!」と練習に取り組む姿勢の甘さに激怒します。優勝に目標を設定して「今日の練習はどういう意味を持ってやったんだ」とジーコから問い詰められ、プレッシャーと不安で毎日過ごしていた、と当時の監督の鈴木満現フットボールディレクター。「ジーコだけが優勝を目指していた。ジーコだけがプロだった。」のでした。
町での応援体制の取り組みも行われ、開幕戦、鹿島スタジアムは地元の人で埋め尽くされていました。42歳のジーコが躍動します。名古屋を相手に、次々と点をきめ、ハットトリックを達成したジーコ。5対0で圧勝。サポーターはサッカーの熱狂に酔いしれました。
その時小学生の町山さんは、毎試合毎試合見に行きました。そんな彼を、周りのサポーターたちはアウェイに連れていってくれたり、目立って選手に覚えてもらえるように顔にペンティングをしたりしてくれました。今町山さんは、鹿島アントラーズラジオパーソナリティとして活躍しています。家で一人で見るより面白いと、町の電気屋さんに集まって応援しようとする人々がたくさんいました。そんな風にアントラーズの応援を通じて人々が繋がります。Jリーグ初年アントラーズはファーストステージ優勝。まさに奇跡の出来事でした。
常勝軍団を率いるプレッシャー・危機感は半端なものではありません。今やっていることが結果勝利に繋がりますか?と社員全てが問われているのです。鹿島は次々と新しい試みを打ち出します。例えば、試合がない日のスタジアムを地域貢献の場として利用しています。
6年前、医療難民地域と言われている茨城県民のために、アントラーズスタジアム診療所を作りました。他にも、婚活イベント、エステ、スポーツジム、など細かなニーズに応えて様々なことに取り組んでイきます。昨年度、コロナ禍で苦しい思いをしている飲食関係の人々を助けるために、アントラーズは通販サイトを立ち上げました。初日想定の10倍以上の500食以上を売り上げたというハラミ飯の店主は、その注文に添えられたメッセージが嬉しかったといいます。今年試合が開催されたスタジアムにハラミ飯のお店にもたくさん人が訪れ顔と顔を合わせたお互いが涙。コロナの後強い気持ちが生まれたと店主の宮内さん。サポーターたちもそんなチームに誇りを持っているのです。アントラーズのスタジアムに出店する人々は大手ではなく皆地域の人々、ここにも地域貢献の精神が貫かれています。
10年前にクラブは「2041年に鹿島アントラーズは消滅する」と分析していたのだそうです。営業収益が45億円のアントラーズ。国内外で勝ち続けるには年間100億円必要、しかしマーケットが小さい上に、少子高齢化・過疎・重工業の衰退という危機的な状況。それを乗り越えるために、鹿島アントラーズは、フリーマーケット会社のメルカリを親会社に迎えるという大きな決断をするのです(これは大きなニュースになりましたね)。
ここで、新しい社長小泉文明さんが登場。後から「消滅の危機論」を聞かされた、という小泉さん、お父様が鹿嶋市の隣の出身で、ご本人もスタート時アントラーズを見ていたということです。小泉さんは、地域経済の活性化のためにビジネススクールを立ち上げました。コンサル会社、旅行会社、広告会社など、より多くの業種の人にアントラーズに関わってもらう、その中で多くのアイデアを出してもらう。そのアイデアはJリーグ全体に広めることも可能です。また、ただ応援しているだけじゃなくて地元のためになったら嬉しい、というサポーターと協力することで実現に向けて動きだしているアイデアもあります。また、小泉さんは、今、町の課題を解決したいベンチャー会社を集めているそうです。若いアカデミーの選手のデーターを集めて、それを秘伝ではなく、良い選手が出るための再現性を高めていこうとしているそうです。
0.0001%の可能性はあるんだという事実を知り、その事実を成し遂げた人々に喝采!の番組でした。小さな自分の世界でも諦めないで続ける力をもらったように感じました。何よりJリーグは楽しい!
2021・5・16(日)
追記1)鹿島アントラーズは4月14日ザーゴ監督を解任、相馬コーチの監督就任を発表しました。優勝から離れて4年目になる鹿島「絶対優勝」を目標に奇跡を起こすつもりなのでしょう・・・・私は別のチームを応援しているので鹿島に奇跡を起こされるとちょっと困るのですが。
前回取り上げた津村記久子さんにはサッカーJ2を舞台にした小説「ディス・イズ・ザ・デイ」があります。
この小説も、様々な登場人物がそれぞれの思いを抱えながらJ2の様々なチームに関わっていく中で、その思いがうねるように変化していく様子を、うねるような独特の文体で書かれています。「こういう話をしてるとさ、どんな気持ちでも生きていけるんじゃないかって思うよね」という言葉が印象に残ります。とっても面白いのでぜひご一読ください。この小説は第6回サッカー本大賞を受賞しています。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000663.000004702.html
何故彼女がJ2を舞台に小説を書いたか、次のインタビューもとても面白いです。https://www.targma.jp/tetsumaga/2018/09/06/post10358/
また、J2に詳しい平ちゃんこと平畠啓史さんとの対談のyoutubeも面白い、漫才か?のノリです。https://www.youtube.com/watch?v=CtdaMQShPUU
サッカーの楽しみ方はそれぞれです!
追記2)5月20日 JリーグT Vに鹿島アントラーズの社長小泉文昭さんが登場しました。「豪華でタイムリーなゲスト!」と原さん。これまた必見です!https://www.youtube.com/watch?v=lHoUx4QdPrI