詩の世界

藤の季節〜如意谷〜万葉の花「藤」〜天平パンデミック〜

青い空、山の新緑に映える紫。滝のように流れる藤の花!

季節は巡り、もう初夏を思わせる陽気となりました。今日、2021年4月29日は雨です。今年は4月20日が24節季「穀雨」(春分・晴明・穀雨=春の最後の節季)、5月5日が立夏です。先日、良いお天気の日に、今満開の野生の藤を見にいきました。箕面如意谷、弥生時代の銅鐸が発掘されたという古くから人の住んだ場所。880年創立された如意輪観音堂が地名の由来だそうです。

藤が咲くと晩春。夏の始まりを告げる花です。古来人々は木々に蔓を絡ませながら長い穂を垂れ下げて風に揺らぐ花房を見上げ、深い根を掘り起こして自宅に植え替えて楽しんでいたようです。万葉集で詠われている藤は26首。26首中18首が藤の花が波打つ様をあらわす「藤波」ということばを用いています。野生の藤に山が覆われる様は「藤波」ということばがぴったりです。

藤波の 咲く春の野に 延(は)ふ葛(くず)の 下よし恋ひば 久しくもあらむ  作者不詳 (万葉集巻十 春の相聞 1901)

藤波の花が咲く春の野にはう葛のように心の中で思い続けていたら恋の成就は遠いことだろう。(この藤の花の波のように貴方に恋の心を伝えたならば恋は成就したかもしれないのに。)・・・万葉集巻十は山部赤人の歌集とも考えられています。(中西進 万葉の秀歌https://books.rakuten.co.jp/rb/11776288/)。

かくしてぞ 人は死ぬといふ 藤波の ただ一目のみ 見し人ゆゑに   作者不詳 (巻12 3075)

このようにして、恋ひ焦がれた果てに人は死ぬということだ。見事な藤のように美しい人を、ただ一目見ただけなのに。・・・藤を女性の美しさにたとえた万葉唯一の歌。

 

池の傍らの藤の花もまた見事・・・美しく咲く姿、池に映る姿、池に散る花びら、風が吹くと漣が立ち映る藤の姿、浮かぶ花びらが揺れ、えもいえぬ細やかな動きが心にそっと触れます。

水に映る藤の花というと次の歌を思い出します。

藤波の 影なす海の 底清み 沈(しず)く石をも 珠とそわが見る  大伴家持万葉集巻19 4199)

藤波が影を映す海の底が清らかなので、沈んでいる石をも私は尊い玉と見ることだ。

『「影なす」の「なす」は本当はそうでないものがそのようである、ということ。「影をうつす」というと海と影は別物になるが、「影なす」といえば本来別物である海を、家持は藤波にしてしまったのである。藤波ではないのに、海底は清らかな水をすかしていま藤波そのものだという。「影なす」という表現は詩人のものである。この場合波は効果的であった。海底としての藤波は、海の波そのものとなろう。紫色の波のなかで、「その底に沈んでいる石をも尊い玉と私はみる」と歌う。藤色のゆらめきの中で石も玉のように美しく見えるのである。』(万葉の秀歌 中西進 より)

750(天平勝宝2)年4月12日、大伴家持一行は、布勢(ふせ)の海に遊覧し、多祜(たこ)の湾(うら)に船泊てして藤の花を望み見、各々懐(おもい)を述べるのです。

藤波の 影なす海の 底清み 沈く石をも 珠とそわが見る 大伴家持4199)

多胡の浦の 底さへにほふ 藤波を かざして行かむ 見ぬ人のため 内蔵忌寸縄麻呂(4200)

多胡の浦の底まで美しく輝く藤波を髪に挿して行こう。この景色を見ない人のために。

いささかに 思ひて来しを 多祜(たこ)の浦に 咲ける藤見て 一夜経ぬべし 久米朝臣広縄(4201)

それほどの事もないと思って来たのに多胡の浦に咲いている藤を見て一夜を明かすべきだ。

藤波を 仮廬(かりほ)に造り 浦廻する 人とは知らに 海人(あま)とか見らむ 久米朝臣継麻呂(4202)

藤波を仮のやどりとして浦回りをする人とも知らないで我々を漁師と見ましょうか。

この4首がそれぞれに言葉を受け継ぎながら藤の風景の世界を広げていく様子が、「万葉の秀歌 中西進」の続き(ちくま学芸文庫p491〜)に描かれます。素晴らしい文章です。ぜひお読みください。

藤の花はとても美しく私たちを魅了しますが、藤のつるの皮を剥いだ繊維からは、強く防水に優れた布が織られ、作業着としてあるいは喪服として用いられました。そんな藤の衣を歌った歌。

大王(おおきみ)の 塩焼く海人(あま)の 藤衣(ふじごろも) なれはすれども いやめづらしも     作者不詳 (巻12-2971)

藤の蔓から作った作業着(粗い繊維なのでなかなか着慣れない)を着た海人(朝廷に貢納する塩を焼く女性)であるお前。慣れてはいるものの、お前はいつもいつも可愛い。

美しい藤の花。そして生活の資の衣料として利用できる藤は万葉の時代の人々にとり身近なものでした。自然の暮らしから遠く離れてしまい、藤といえば藤棚しか思い浮かばなかった私を、野生の藤へといざなってくれ、万葉の世界を改めて味あわせてくれた如意谷の藤でした。いい一日でした。ありがとう。

コロナ禍の下、息苦しい毎日ですが、自然の中を歩くことで息苦しさから逃れることが去年同様必要なんだなと感じます。

2021(令和3)年4月29日みどりの日 旧暦3月14日今年は藤も早く満開となりました。

追記1)万葉の時代にも、藤原4兄弟が斃れた天然痘流行という厄災がありました。NHKBS 5月5日再放送の『英雄たちの選択「天平パンデミック〜聖武天皇と橘諸兄 復興への葛藤〜」』も必見です。https://www4.nhk.or.jp/P5901/2/

追記2)津村記久子さん「まぬけなこよみ」P107『藤棚に入る』も面白いです。https://www.heibonsha.co.jp/book/b281735.html

そこで紹介されている、京都の鳥羽水環境保全センター・大阪府和泉砂川の藤棚(梶本様宅)にも、いつか行ってみたいです。https://www.city.kyoto.lg.jp/suido/page/0000281114.html

http://lcome-sennan.com/flower-spots/kajimotoke-fuji

津村さんの「まぬけなこよみ」はウェブ配信で今も読めます。ただし『藤棚に入る』は書き下ろしのため、本にしかありません。http://webheibon.jp/koyomi

 

 

ABOUT ME
たつこ
たつこ
今でも手元にある「長くつ下のピッピ」「やかまし村のこどもたち」が読書体験の原点。「ギャ〜!」と叫ぶほかない失敗をたび重ねていまに至ります。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です