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本)殴り合う貴族たち 繁田信一・ラジオ)紫式部日記 島内景二

「殴り合う貴族たち 繁田信一著 文春学藝ライブラリー」https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784168130755

友人に勧められて読んだ本。これが面白い!のです。「源氏物語」からイメージされる平安時代は「雅やかで煌びやかで艶やかな」貴族の世界なのですが、さにあらん、藤原道長をはじめとする平安貴族たちはかなり素行が悪かったようです。

才女紫式部や権力者藤原道長が一目も二目も置いていた、また世間からも「賢人右府(けんじんうふ)」と呼ばれていた、藤原実資(さねすけ)の日記「小右記」が暴く当時の貴族の素顔をまとめたこの本を読むと、王朝時代の現実の闇が、現代の世界の現実の闇と繋がっていることを強く感じます。

邸宅破壊、監禁、拉致、狼藉、虐待、襲撃、集団暴行、略奪、強姦、破壊、リンチ、投石・・・関係する人々は道長をはじめとする貴公子たち、親王たち、女房まで。

花山天皇の皇女であるのに里子に出された女房の娘として育てられ、中宮彰子に仕えていた女性が、盗賊に拉致され着物を剥がれ、寒さに凍死し、犬に食われる、という衝撃的な事件。この事件の黒幕はこの女性に横恋慕していた藤原道雅(中関白道隆の嫡孫)であったらしいと推理されています。なんということ!

繁田さんは、「王朝時代の現実が、乱暴・滑稽・残酷・わい雑に満ちたものであったことを確信」した後に「源氏物語を面白いと感じるようになった」と書いておられます。現実の禍々しさがあるからこそ、それが直截には描かれていない物語の世界の魅力が感じられるのだと。

カナダのテレビドラマシリーズ「アンという名の少女」が話題になっています。現在シリーズ2がNHK日曜夜11時から放映されています。「赤毛のアン」には描かれていない、その時代の持つ闇の部分が描かれており、賛否両論を生んでいるといいます。いじめ、人種差別、女性差別、LGBT、を描き、それぞれの登場人物の持つ傷、トラウマがフラッシュバックする。その画面のざらつきは、これまでの「夢夢しいアンの世界」とは明らかに違うものです。

「赤毛のアン」も「源氏物語」も、きちんと読めば、「夢夢しい物語」ではないのですが、その時代のリアリティをより知ることで、その世界の味わいが深まることは確かですね。私は「アンという少女」(少女が症状と変換されて出てきます、これもちょっと面白い)シリーズ、面白いと思います。

「源氏物語」の世界に戻ります。「源氏物語」を理解するために「紫式部日記」も外せません。ちょうどNHKラジオでの島内景二さんの「古典購読 王朝日記の世界シリーズ」は「紫式部日記」に突入しました。これまたとても面白いです!

1008年文月、初秋、紫式部日記が書き始められます。秋の訪れの感じられる、夕映えの空に、色づき始めた木々・美しく咲く花々は艶やかに引き立てられます。同様に中宮彰子の安産を祈る御読経の声はたえず流れる遣水の音と溶け合い、夕映えの空に響きます・・・。

2021年の夏もようやく終わりを告げるようです。一年の半分が夏日(最高気温25度以上)となってしまった現代の気候は平安時代の気候とは随分と違ったものになっていると思います。しかし、今日の夕映えが、色づき始めた銀杏の木々を照らす様子、夕闇に上弦の月や星が光るその西側の空はまだ赤く山々を包んでいる様子、公園に響く子どもたちの声、虫の声が溶け合い響く様子、が広がる目前の風景は素晴らしいものです。そんな風景の中で島内さんの「紫式部日記」を聞くことができるのは幸せです。

「清少納言には明るい笑顔が似合います。紫式部には考え事をしている顔が似合います。」と島内さん。もともと沈んだ性格の紫式部、一女をなした夫と死別し、世の不条理を嘆き、源氏物語を少しずつ書き始めていた紫式部は、「中宮彰子と出会ったことで人生の辛さを忘れることができ、源氏物語の筆も一気に進むようになり、人生に対する希望が湧いてきた」と記します。

紫式部の描く道長(43歳)は自信に溢れています。女郎花の花を一輪持ってやってきた道長は紫式部の局を覗き込みます。朝起きたばかりで化粧もしていない紫式部が黙っていると「女郎花の歌を詠まないとそなたの文才の名折れになる」と道長は言います。

女郎花盛りの色を見るからに露の湧きけるみこそしらるれ  紫式部

美しい女郎花ですこと。秋の朝露が沢山女郎花の花の上に結んでいます。花は露に染められこれほど華やかな色になったのでしょう。露はえこひいきして私の上には少しも結んでくれません。ですから私という花は色あせて行くばかりです。誠に恥ずかしいばかりです。

白露は湧きても置かじ女郎花心からにや色のそむらん 道長

白露はえこひいきなんかしないでしょう。女郎花は美しくなりたいという気持ちを持っているから白露に触れて自分も心の美しさを明らかにするのです。あなたは自分で美しくしようと思えば美しくなれるのにもったいないことです。

ここに描かれているおしゃれな道長も素顔の道長であることは確かです。一方、道長が乱暴者であったことは有名ですが、「殴り合う貴族たち」に描かれている姿は更に相当のものです。「光源氏になぞらえられたとすればあまりにも素行の悪い光源氏であった」と重田さんは言います。

そして道長の長男頼通17歳が登場します。後に宇治の関白と呼ばれ平等院を造った人物。紫式部と宰相の君(蜻蛉日記作者の孫)が話し合っている部屋に入って座っています。「あなた方のいう通り人は正しい気持ちを持つことは難しい。気持ちのしっかりした女性はなかなかいないものですね」という頼通に対し、紫式部は「周りの人々は幼い、と頼通を見ているが、彼はこちらが恥ずかしくなるほど大人で立派だ」と思います。頼通はウィットを聞かせてさっさとそこを去ります。頼通は真面目人間「夕霧」に重ねて描かれます。

「殴り合う貴族たち」では頼通は「良識派」となっています。そんな頼通さえ、、、というエピソードもあります。ある中級貴族、津守致任(つもりむねとう)の庭にあった美しい桜の木を所望した頼通、しかし津守致任は持っていかれるくらいならと桜の枝を無残に切ってしまいます。激怒した頼通は津守致任を捕らえて監禁し、甚だしい暴力を浴びせかけたのです。1025年の出来事です。

王朝時代の人々の姿を想像しながら、あれやこれや聞いたり読んだり、ちょっと混乱したり、現実の酷さにため息をついたり・・・楽しい時間です。

2021・10・14(木)

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たつこ
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今でも手元にある「長くつ下のピッピ」「やかまし村のこどもたち」が読書体験の原点。「ギャ〜!」と叫ぶほかない失敗をたび重ねていまに至ります。

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