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七夕の歌〜大伴家持の独詠〜

明日は7月7日、七夕ですね。梅雨前線が日本中に大雨を降らせていて、九州の被害は甚大なものとなり、今も多くの方々が不安な思いで過ごしておられ、七夕どころではないと思います。被害ができるだけ最小でおさまりますように心から祈ります。

旧暦では(今年は閏年なので)8月25日が七夕となります。

万葉集には、七夕の歌は132(134という説もあります)首おさめられています。柿本人麻呂や山上憶良をはじめとして多くの人が、中国から渡ってきた牽牛織女伝説を題材に歌を詠みました。

大伴家持は13首の七夕歌を遺しています。家持の残した七夕歌は、宴席ではなく一人で心静かに詠んだ独詠であるところに特徴があります。http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hju/metadata/9437

家持には他にも「独り」の思いだと断って詠じるケースが多くあります。佐佐木幸綱さんは、「家持は独詠ということを意識した歌を詠んだ最初の歌人だった(万葉集のわれ 佐佐木幸綱 角川選書)」といいます。場の要請ではなく、気分の赴くままに歌を詠み、誰かに見せたり、贈ったりするのではなく、〈われ〉に発して〈われ〉で完結する歌の作り方をした、というのです。「家持の歌の根底にあるのは孤独感、孤立する〈われ〉の自覚が歌に向かった、その孤独感は社会的にも文雅の点にもあっただろうが、人間の本能としてもつ孤独感であっただろう」という窪田空穂の言葉を佐々木さんは紹介しています。

754年(天平勝宝6年)37歳の七夕の夜、「独り天漢(天の川)を仰ぎ」、七夕の歌8首を作りました。七夕は秋の到来を実感し、星空の伝説に人の世の夢を重ね合わせることのできる格別な日であったといいます(大伴家持 藤井一二 中公新書)。うち3首をあげます。

秋と云へば 心ぞ痛き うたてけに 花になそへて 見まくほりかも

あきといえば こころぞいたき うたてけに はなになそへて みまくほりかも

(巻二十4307)

秋といえば心が痛くなる。ますます不思議に彼女を花になぞらえて逢いたくてしかたがなくなる。

初尾花 花に見むとし 天の河 隔りにけらし 年の緒長く

はつおばな はなにみんとし あまのかわ ヘなりにけらし としのおながく

(巻二十4308)

初めて伸びるススキの穂、尾花のように、彼女は、とても美しく見える。天の河に一年隔てられているからかなあ。

青波に 袖さへ濡れて 漕ぐ舟の かし振るほとに さ夜更けなむか

あおなみに そでさえぬれて こぐふねの かしふるほとに さよふけなむか

(巻二十4313)

青波に着物の袖さえ濡らしながら漕ぐ舟を、杭を振り下ろして水中に立て、つなぎとめている間に夜が更けてしまうだろうか。もう時間が足りない。

七夕の歌として一年に一度逢える喜び、一年に一度しか逢えない悲しみ、のどちらを歌うのか。家持は、「ああ心が痛い」「逢いたいけれど逢えない」そして最後の8首目で「袖を濡らして漕ぐのにもう間に合わない」と焦る気持ちを星に託して歌います。この家持の心持ちに彼の置かれた社会的な立場を重ね合わせることも可能ですが、上の佐佐木信綱さん、薄田空穂さんと同様に、中西進さんも「家持の悲哀は人間であることにおいて感ずる孤独感といった類のものではなかったのか」とおっしゃっています(万葉の歌びとたち 角川選書 中西進)。

七夕の夜、皆さんは空を見て何をおもいますか?

天の川を挟んでの夏の大三角の星をみることができた時には、やはり願い事をつぶやきたくなりますね。災いがおさまりますように。

追記

上の、「孤愁」に対する論考は、上記の歌の前年、753年2月に詠まれ、家持の「春愁三首」として高く評価される

春の野に 霞たなびき うら悲し この夕影に うぐひす鳴くも

我がやどの い笹群竹 吹く風の 音のかそけき この夕かも

うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも一人し思へば 

への論考です。この3首において、家持の「孤愁」を歌う姿勢が完成されたと考えて、次の年に作られた七夕の歌にも当てはめてみました。

2020.文月.7

参考文献

歌人大伴家持 現代と響き合う詩心 中西進監修 高志の国文学館https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%8C%E4%BA%BA-%E5%A4%A7%E4%BC%B4%E5%AE%B6%E6%8C%81%E2%80%95%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E3%81%A8%E9%9F%BF%E3%81%8D%E5%90%88%E3%81%86%E8%A9%A9%E5%BF%83-%E9%AB%98%E5%BF%97%E3%81%AE%E5%9B%BD%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%A4%A8/dp/4916181468

大伴家持七夕歌の特質  森アキラ 広島女学院日本文学号13 http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hju/metadata/9437

万葉集の〈われ〉 佐佐木幸綱 角川選書https://www.kadokawa.co.jp/product/200701000095/

万葉の歌びとたち 中西進 角川選書

大伴家持  藤井一二 中公新書

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