自分と向き合う技術

ゲストは柳美里さん〜JR上野駅公園口・全米図書賞〜(飛ぶ教室)〜そして22年前「14歳」〜

今晩の、高橋源一郎「飛ぶ教室」は柳美里さん特集でした。

1時間目は柳美里さんの「山手線シリーズ」という連作長編の紹介です。
⑴2003年 山手線内回り   山手線で死に場所を探している女性のモノローグ。後々に出てくる登場人物が皆登場している。
⑵2006年 JR高田馬場駅戸山口  単身赴任中の夫とうまくいっていなく、社会から孤立、子供を預けてJRの駅に向かう女性。
⑶2007年 JR五反田駅東口   妻と全くうまくいかない証券マンのモノローグ、全てを失ってJRの駅に向かう。
⑷2012年 Jr品川駅高輪口   15歳の女子高生、家でも学校でも居場所がなく、自殺サイトで募った人と会った後、JRの駅に向かう。
⑸2018年 JR上野駅公園口
いずれの本でも「危ないですから黄色い線の後ろにおさがり下さい」というアナウンスが終盤に繰り返されます。

昨年、全米図書賞を受賞して話題になったのが⑸の「JR上野駅公園口」です。
1933年 福島県南相馬で生まれる。平成天皇と同い年。
1960年 長男誕生。浩宮(令和天皇)と同い年、浩一と名付ける。
1963年 30歳出稼ぎで上野駅に降り立つ。1964年東京オリンピック開催。
1981年 長男死去。
1993年 60歳、出稼ぎ生活を改め、故郷に戻る。
1997年 妻が亡くなる。孫がくるが皆の迷惑になりたくないと思う。
2000年 67歳上野に降り立ってホームレスになる。
2003年 73歳JRの駅に向かう。

江戸後期の文化3年、加賀越中から福島に移り住んだ浄土真宗の僧であった祖先を持つ、彼は、東京オリンピックの好景気の中で、家族に仕送りをした。家族を失って一人で希望をなくした彼は上野に降り立つ。時速10キロで走る車の中で柔和な微笑みを浮かべる天皇皇后と出会う。自分が生きた歳月と同じ73年間を生きたこの人・・・・そこに皆を振り切って駆け寄る自分を思いながら彼は、御料車に手を振る。その時東京オリンピックを宣言する昭和天皇の声、長男が生まレル直前の「親王誕生、母子ともにお健やかでございます」のアナウンス。彼は涙を流しながら、自分は消えて行くしかないと思ってJR上野駅に行く。黄色い線から自分の身を投げようと思った彼の視界に浮かんだのは田んぼだった。彼は一度に、故郷の太陽、海、我が家、空、雲、津波を見る。孫娘の車が闇に溶けて消えなくなり、様々な服装を着た人々が浮かび上がり、プラットホームが見えた。「危ないですから黄色い線までおさがり下さい」

源一郎さん「この小説を読んでいると7〜80年にこの国で何があったか一瞬のうちにわかるような気がして不思議な気持ちになります」

番組の2時間目では、作者の柳美里さんが登場します。声が魅力的です。彼女は一回刊行した本は読まないそうです。「子捨てかネグレクトみたいなものかな」・・・だそう。昨年、全米図書賞を受賞した時、「ほっとした、という感じでした。」彼女は福島で自宅で本屋さんを開いているので、地元メディアに取り上げられ、周りのみんなに期待されている、その期待に応えられてほっとしたそうです。特に、新潟からの浄土真宗の移民の方(津波の被害が大きかったそうです)が、相馬の馬追いという祭りは有名だけれど浄土真宗の人々には関係ない、そういう歴史を描いてくれた、ということで、そういう関係の方々がとても喜んでくれたそうです。

方言で書かれたこの本、翻訳者のモーガンはミシシッピー出身で、父世代の炭鉱労働者のことをよく知っていて、彼らの事を思って翻訳したそうです。その点が翻訳でも方言が通じたのではないか、という事です。

方言について。2012年2月〜2018年3月、南相馬の臨時災害放送局の番組で聞き役をやっていた柳美里さん。300回600人の方の話を聞いた時に、声が自分という枠組を壊すように雪崩のように入ってきた、それが大きかった、と思うそうです。2011年3月11日、それに連なる原発事故の後、皆が自分が何もできない無力感に苛まれていたけれど、自分は聞くことならばできる、と思い、番組を受け、その放送のために月に1度二週間くらい滞在することが、初めの長くて一年という予想を超えて、何年も続いたので、ノーギャラ・持ち出しのこの仕事を続けるには移住しかないと思って、なりゆき上鎌倉から福島に移住してしまったそうです。

この「山手線シリーズ」、山手線内回り、外回りという二重円があって、真ん中に皇居というブラックホールがあって、そこに登場する人たちの顔・イメージが初めから浮かんでいたそうです。小説を書いている時、柳美里さんは、深刻な鬱状態で、ご自身が死に近い状態で、起き上がることもできず、トイレに四つん這いでいき、スマホに書いていたそうです。当時、幼稚園に通っていた息子さんが今21歳。締切過ぎても書けず、「めまいで文字が流れてしまう」と担当のオガタさんに送ると、夜中に「この小説は生まれたがっている。書きましょう。」とFAXが送られてきて、書いた、鬱だからかけたのかもしれません、と、柳さん。

(1)〜(6)の中で、2012年JR品川駅高輪口だけは終わり方が違う〜死ではなく生に向かうことになる〜ことについて。結末はどの作品も決めていない。集団練炭自殺を約束する場所に行って一緒に死ぬのか戻るのか、そして戻って、でも駅に向かう、駅に行ってどうするのか、をその時に決めた。一筋の希望を込めたかった。かつて15歳だった、退学処分になった自分、に向けてというのがあります。一番自分が投影されているのはJR高田馬場駅戸山口かな。

このシリーズ、「あと三本書きます。結末はわからない。」という柳美里さん、続編が楽しみです。「いくらでも話していられるけれど、さよならの時間」ということで終了しました。「日本語を母国語としない人が日本語で書く素晴らしい作品が出てくることは日本語文学にとって素晴らしいこと、国境を越えていく、素晴らしい、全米文学賞をとったことはとてもいいこと・・・」と続く高橋さんの声で番組は終わりました。

私は、先週、ユーチューブで「柳美里さんと河合隼雄さんの対談番組 14歳・魂の再生の物語を求めて」(1999年1月放映の番組)をみたところでした。あの頃みて感動した番組でした。22年後のいま、ちょうど15歳あたりのことを考え直したくて検索したら出てきてくれて嬉しかったです。河合さんの言葉は今でも示唆に富んでいます。本「14歳」を上梓した柳さんの鋭い感性と呼応しあう対談は聞き応えがあります。

(河合)「この辺りの年代で心の大地震が起こらない人はいないですね。この辺りが難しいのは昔から。社会はその難しさを乗り越えさせる装置を持っていた。でも今の社会はその装置を持っていない。」
「ロミオとジュリエットのジュリエットが14歳。ジュリエットって純愛、とみんな思っているけれど、この作品は猥褻極まりないジョークにまみれている。純愛ばかりを強調しているこの作品、でも、もう肉体的には大人、性衝動もあるこの年代のことがよく描けている。」(ここで話題になっている劇「ロミオとジュリエット」の翻訳者の松岡さんと河合さんの対談集もとても面白かったです!)

(柳)「今の14歳あたりの年代の人が向き合うものが受験しかない。そしてこの年代は大人を軽蔑する、その軽蔑を打ち破る言葉を大人が持ち合わせていない」〜(河合)「おっしゃる通り、この年代は言葉を失っている。」〜(柳)「言葉を失った彼らには常識や論理は届かない。奥の闇にたどりつくためには沈んで行かなくてはいけない。」〜(河合)「そうなんです、こっちも潜るより他ないです。」〜(柳)「元々繋がっていないから切れるんです。電気を流さないのは大人の方で気づかないで子供がキレたという。」〜(河合)「社会全体で考えないといけない。子どもがどうのというけれど、そういう子どもを育ててきたのは我々大人ですからね。この頃少しは大人も変わってきています・・・。」

潜ることは恐ろしいことです。命をかけて沈んでいくことのできる人はなかなかいません。22年後のいま、子どもと大人の間の電流が流れにくい状況は変わらないように思います。子どもと大人という二項対立で分けることではなく、人と人との間の電流が流れにくくなっているかもしれません。しかし一方で電流を流そうとしている人がいることも確かだ、とも思います。深く深く深く潜り沈むことのできる人が稀なのは今も22年前も変わらないでしょう。悲観的になりすぎないで、できる層でできることをやっていくことだと考えています。

2021年4月9日(金)旧暦2月28日 今日は風の冷たい一日でした。ソメイヨシノは散り、あちらこちらで、ひと月ほど早く開花した花たちが沢山いるようです。今年の日本が暖かいのか、地球全体が暖かくなっているのか・・・どうなんでしょう?

ABOUT ME
たつこ
たつこ
今でも手元にある「長くつ下のピッピ」「やかまし村のこどもたち」が読書体験の原点。「ギャ〜!」と叫ぶほかない失敗をたび重ねて今に至ります。心理し(士・師〜〜この二つの「し」の違いは何だろう?)です(臨床心理士・公認心理師)。喜びも多かった教員経験の中、一方で、えも言えぬ息苦しさも感じ、心理しの資格をとって、今は相談活動を行なっています。
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