manabimon(まなびもん)

本 清少納言を求めて、フィンランドから京都へ ミア・カンキマキ

清少納言、あまりにも有名ですが、あまりにも知られていない・・・フィンランドから清少納言を求めてやって来たミア・カンキマキさんが2010年から2011年の間で、「枕草子」を完読した日本人と出会ったのは、2011年5月彼女の帰国の2日前の夜午前2時のことでした。これでさえも奇跡に近い僥倖だと私には思われます(自慢にも何もなりませんが、私原文完読しとりません・・・元国語科教師としてあるまじきことだと自認しておりますが・・・)。

ミア・カンキマキさんは、10年持ち続けた清少納言への愛(彼女は自分を「あなた=清少納言に話しかけられた世界中で唯一の人間だと思ってきた」のです)と38歳を迎えての人生の見直しの結果として、一年間の長期休暇制度を利用して会社を去ることを決意します。そして様々な助成金を申請し、京都の東山のガイジンハウスを予約し、自分の住居を貸し出し、ヘルシンキ大学の夏期公開講座の日本語入門に申し込み、大阪までのチケットをとりました。「中年の独身女性が自分の存在理由を示す」ために。

そして初めての本を書くための助成金をゲットし、引っ越し(「どうして人はこんなに物を持っているんだろう?」と呟きながら)、京都へと旅立ちます。清少納言と対話しながら。

1000年前の古典文学の著者の多くが「女性」であることにミアさんは驚き惹きつけられました。「なぜそんなことが可能だったのか?」ミアさんは考えます。彼女の思考に私の頭も引っ張られ渦巻きます。

日本の凄まじい暑さに朦朧となりながら、読めない日本語に辟易しながら、ガイジンハウスでの個性的な同居人たちと仲良くなり、図書館に通い、ミアさんは考えます。「枕草子」の文章の性質は、「物語でもない、歴史書でもない、和歌でもないし、歌日記でもない、随筆と1800年代にジャンル分けされたけれど、2000年代ではブログになる」。そして「枕草子」の原本が残っていない事実に打ちのめされます。それでも「言葉の一部は、おそらくいちばん大事ば部分は、あなたの考えから来ているのよね?」と考えます。

ミアさんの文章は、彼女の生活・感情の動きと、セイ(清少納言)への語りかけと、日本文学を巡る様々な事柄、そして清少納言の文(フィンランド語に訳されたものをさらに日本語訳したもの)を、ないまぜにしてリズミカルに進んでいきます。その文章から、私は知らなかった日本・京都・世界を知り、清少納言の新しい顔を思い浮かべます。

ミアさんは精力的に日本文化に触れて歩きます。歌舞伎・能・芸者・寺院・庭園・御所・・・・それらの多くは清少納言の時代にはなかった・・・。さらに枕草子や清少納言について本格的に調べようとして、初めて枕草子の原本が残っていないこと、圧倒的な資料の少なさに、ぶち当たり、打ちのめされながら、「あなたの作品は一体『何』だったのか、もしくは『どんなもの』であったのかすら、誰もよくわかっていない・・あなたの作品を定義しようとするなら、それが何で『ない』のかいう方がどうやらよっぽど簡単みたい」・・・と呟きながら、調べます。

そして、セイに語ります。清少納言が人々にどう思われているか。その中で私が面白いと思ったのは、プリンストン日本古典文学(未邦訳)での定義です。「薄暗い片隅で自分の置かれた状況に涙を流さなかった唯一の平安時代の女性。読者は、彼女の目は平安時代の女性日本で唯一のドライな目、もしくは少なくともドライな袖をしていると考えるかもしれない。清少納言は唯一無二の人だろう」・・・ 。様々な見方の紹介の最後、清少納言のイライラさせる個性がお堅い研究者たちをムカつかせる、と、ミアさんは、言います。そして「それでも全くイライラしない人もいる。・・・千年前にあなたのような女性がどこかで行きていたことが不思議。もっと不思議なのは、あなたと仲良くなれること。あなたのことを友人だと思うほど、彼らにとってあなたの声は今も息づいている。」

紫式部が清少納言の悪口を書いていることについての、ミアさんの考察はとても面白かった。「一つだけ確かなことは、あなたは生きたレジェンドになったということ。あなたには名声があった。」「文章をじっくりと読めば、セイ、ムラサキがあなたの言葉を引用し、あなたへ敬意を表していたということがわかるのに、誰も気づいていない。」「ムラサキはあなたの輝かしい評判を越えなければならなかった。」〜〜〜そしてその後に、清少納言の「比べられないもの」が配置されているのです。絶妙。

一時帰国まで後数日というときに、ミアさんは、ヴァージニア・ウルフが、アーサー・ウィリーの英訳『源氏物語』を称賛する書評をヴォーグに書いていたという事実を知り興奮します。ウルフは『枕草子』を読んでいたかもしれない・・・そしてフィンランドからロンドンへ行き、大英図書館の本の山を調べます。そして、2000年代に刊行された多くの女性研究の百科事典やアンソロジーで触れられている、つまり、セイが「平安時代唯一のドライな袖(目)で女性の自由と権利を擁護した一面」こそが研究所でこき下ろされ、見くびられる原因だった、と気づきます。1990年代のフェミニズムの文学研究に、清少納言や平安時代の女性作家たちがもてはやされていたこと・・(確かに私もその頃そのような本を何冊か読みました)。

ミアさんは、ヴァージニア・ウルフが、アーサーウィリーの訳した『枕草子』を読んだ可能性があることを知り、歓喜しますが、その訳は原文の4分の3が省略され、宮仕えを称賛する段は省かれていることにがっかりします。そして、清少納言の原本が残っていないことよりも、翻訳の過程で大切な意味が失われていることだ、と気づき、彼女の愛読書のアイヴァン・モリスについて調べ、さらに様々に脱線しながら「調べに調べる」のです。

フィンランドに戻ってからの彼女の語りに誘われて、私の前に生き生きとした清少納言が浮かび上がってきます。ペラペラの紙のようだった姿が、立体的になり、動き出します。

そして日本に戻ってきて4日目、ミアさんは、3・11大地震を経験します。燃えている原子力発電所のリスクについてフィンランドからメールが雨霰と寄せられ、その後の不穏なニュースの数々に悩みに悩み、タイに脱出しました。

三週間後、大阪に着陸、桜をみるのに間に合ったミアさんは、彼方此方へ桜を見に行き、図書館に行きます。そして、源氏物語についての膨大な資料を前にして、資料の少ない清少納言について調べることの幸せに気づくのです。「私の前には未開の地が、未踏の雪原が、未開封のシャンパンがあるのだ。」

ミアさんの文章は冴えに冴えていきます。ミアさんから多くのことを学びます。

『枕草子』『清少納言』は通じなくても、Pillow bookなら通じて春画につながる。この書名が、海外の多くの人々に清少納言を「娼婦」と思わせてしまった。そして実際にErotic Art of Japan-The Pillpw Poem という作品に出会ったらすぐに清少納言と出会えた・・・

ミアさんは『枕草子』をフィンランド語に訳しはじめました。「ありえないほど幸せもの」だと感じ、「本に書かれていることが初めてわかったような気がする」と思います。そして京都を去る準備をしながら「何があなたに『枕草子』を書かせたのか?そのねらいは?マクラノソウシって何?」と考えます。そしてセイがミアさんと同じ「マーケター」だったという結論に達するのです。定子の苦悩を一切書かなかったセイは、定子を守り、その評判を守るために、道化師になった。表面的で、ふしだらで、非情で、病的な天皇一家の崇拝者と、後世から見られようと構わない、明るくてしかめっ面した傲慢な道化師に。

ミアさんは帰国の二日前に枕草子を読破した人物に出会い夜通し喋ります。帰国の前に十二単衣を纏います。18キロの衣装を脱いだ時の解放を味わいながら、清少納言が自分と変わらない女性であることを実感します。

2013年秋にフィンランドで出版されたこの本は、「多くのメディアで取り上げられ、多くのフィンランド人の人生を明るくした(訳者解説)」そうです。ミアさん自身は「文学的な趣のある自伝紀行文学」のようなものだとこの本について述べているそうです。セイの足跡を追いながら自分自身の進む道を見つけたミアさんは、多くのフィンランド人にセイのことを知ってもらいたかったから、この本を書き、成功しました。フィンランドで日本文化が流行りだしたのにも一役買ったこの本は、2021年6月、末延弘子さんにより日本語に翻訳され、たちまち評判となりました。

私はラジオの「高橋源一郎の飛ぶ教室」でこの本のことを知りました。

https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/gentobu/RFA2kcSgye.html

またこの本を読んだ友たちは皆口を揃えて絶賛していました。図書館に予約し長い間待ち、ちょうど少し時間にゆとりを持てるようになった今、手に入り、読むことができました。本当にちょうどいいタイミングでした。

この本を通じて沢山の知らなかったことを知りました。また自分自身の来し方に思いを寄せ、これからについても考えました。「自分の物語を作ることが現実を生き抜くために必要なのだ」という訳者の末延さんの言葉に共感しました。

ヴァージニア・ウルフは「みなさんには(女性たちには)あらゆる本を書いてほしい。些細なテーマであれ遠大なテーマであれ、ためらわず取り組んでほしいと申し上げたいのです。」と女性たちを勇気づける言葉を残しています。この言葉にこの本の作者のミア・菅マキアさんも勇気付けられます。しかし、ヴァージニア・ウルフ自身は精神疾患に悩まされ、入水自殺をしてしまいます。

自分が自分らしく生き、自分の物語を作り上げることは、たやすくはありません。しかし、清少納言さん、ミア・カンマキアさん、から、私たち(男性女性に限らず)は力をもらうことができる、とこの本を読んで強く感じました。

「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」ミア・カンキマキ著 末延弘子訳 草思社

https://www.soshisha.com/book_search/detail/1_2528.html

最後に、枕草子第312段より。〜〜生き身の人間ほど興味尽きないものは他にあるまい。〜やはり人間の顔、人間といういきものそのものが、私にはこのうえない好奇心の対象に思える。〜〜〜

枕草子についてはこの本もとても面白かったです。

本 枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い山本淳子さんの「枕草子のたくらみ」がすごいです。...

2022・8・28(日)旧暦では8月2日に当たります。〜〜ただ過ぐに過ぎゆくものは、追い風に帆を上げた舟。人の齢。そして春、夏、秋、冬。(245段)

追記 「人生の窮地に立たされてなお、この世界を祝福する物語」として枕草子を紹介しているこの方も面白いです。

https://www.1101.com/tarareba/2018-09-05.html