manabimon(まなびもん)

本)水車小屋のネネ 津村記久子

こどもを巡る信じがたいニュースが繰り返されます。

昨日からも、大阪府大東市で小学生の娘に食事を与えず、下剤などを飲ませて、5年間に約40回入院させ、500万円を超える共済金をだまし取っていたという母親のニュースが繰り返し流れています。「ママから飲まされた薬を飲むと気分が悪くなった」と娘さんは言っているそうです・・・母親は否認しているということですが、それが事実だとすれば信じ難い悲しい出来事です。

津村記久子著『水車小屋のネネ』をちょうど読み終わったところで、このニュースが流れました。この娘さんが、小説の主人公たちのように「両親」からでなくても周りの大人たちの「良心」に支えられて、またその存在自身が周りの大人たちの「生き方の支え」となっていけたらいい、と心から願います。

1981年、18歳の娘の短大進学のための入学金を、母は自分の恋人のために使いました。その恋人は、8歳の妹に対して「教育」の名の下、理不尽な行動を取ります。それを知って妹を守りたいと母に告げる姉。でも母は恋人と別れることはしません。

『「みたことあるの?」どこかあやすような甘い声で母親はいった。・・・・「証拠はあるの?」「それは・・・」「じゃあ人のことを悪く言わないで」そんな疑り深い子に育てた覚えはないから、と母親は付け加えて部屋を出て行った。』という表現に、私はものすごくリアリティを感じました。

18歳の姉・理佐は、アルバイト仲間の20代の光田さんに教えてもらって、就職先を探し、妹・律を連れて、家を出ます。お蕎麦屋さんでと、蕎麦を引く水車小屋で働くヨームという種類の鳥〈ネネ〉の世話をすることが理佐の仕事でした。丁寧に仕事をする理佐の頑張りを、周囲の人びとも〈ネネ〉も認め、二人を優しく見守ります。

「理佐からの電話に出ると、母親は、二人とも元気?住民票も移しちゃったのね、とそれだけだった。後は自分と、自分の婚約者の話だ。・・・・」

律の担任の藤沢先生が、母親に電話を掛けても、母親は一度も出ないままでした。しかし、母親の婚約者がいきなり現れて「りっちゃん」と声をかけます。姉妹の大切な友達となっていた画家の杉子さんのおかげで男は退散しますが、理佐の頭は混乱します。周囲の大人たちの配慮もあって、律は夏休みを無事に過ごしますが、また、男がやってきます。この時活躍するのが、人間の動作や気持ちを理解し、また、声の模写が得意なヨームの〈ネネ〉です。この辺りのやり取りはなんとも痛快。

婚約者や母親が登場したのは、よくある「お金」を巡ってのことでした。「お金」が必要な時だけ、厄介払いした子どもの「親」として受け取りを主張する親たち、私も実際に出会ったことがあります。どんな「親」であっても「親」である限り、易々と子どものお金を横取りすることができてしまうのです。8歳のりっちゃんは「お母さんにもお母さんの人生があるってことなんだよ。そう思うしかないよ」と言います。大したものです。でもそれは理佐ちゃんというお姉ちゃんがいるから。担任の藤原先生が子どもの味方をしてくれたから。

物語は10年後、20年後、30年後、と展開し、40年後の2021年で締めくくられます。長い長い(津村さんがこれまで書いた小説の中でもっとも長い小説だそうです)お話でした。悲しい出来事もたくさんありましたが、あたたかい心に溢れた物語でした。

ヨームという鳥は寿命が50年なんだそうです。だから〈ネネ〉は最後まで登場します。この〈ネネ〉が要所要所で大きな役割を果たします。理佐と律の二人を取り巻くたくさんの人たちが「血縁」ではなく「お互いを大事に思いやる気持ち」「良心」の循環によって、再生を繰り返していきます。たくさんの登場人物ひとりひとりの輪郭がくっきりと浮かび上がり、立ち上がります。津村さんの筆が冴えます。そして北澤平祐さんのイラストも!

本の帯にあった「誰かに親切にしなきゃ、人生は長く退屈なものですよ」ということばがしみじみと胸に響きます。良い本と出会えて幸せ。

https://mainichibooks.com/books/novel-critic/post-609.html

津村さんのエッセイもずっと好調です。相変わらず面白い!

https://book.asahi.com/writer/11001951

 

2023・7・19(水)夏風邪を拗らせてしまってパッとしませんが、おかげで良い本を読むことができました。この本の中で、姉の理佐を支えるものの一つが手仕事で、妹の律を支えるものの一つが読書でした。「手仕事」と「読書」が好きな私にとってはとても嬉しいことでした。