奈倉有里さん著「夕暮れに夜明けの歌を〜文学を探しにロシアに行く」を読みました。2002年20歳の冬に単身ロシアのペテルブルグに出立した時からの彼女のロシアでの奮闘記、といっていいのでしょうか、読後は上質の小説を読んだ気分になりました。
経由地のコペンハーゲンで、ぼったくりタクシーに遭い、乗るはずの飛行機がなくて泣いていた彼女は、声をかけてくれたバイオリン弾きのドミートリーというおじいさんに助けられて、なんとかペテルブルクに辿り着きます。ロシア語学校の学生寮での生活を始め、ユーリャと友達になり、ロシア語で罵倒語が多いのは、罵倒する言葉に愛しさや感動を込める文化が受け継がれた結果であると知るのです。
ユーリャの実家へ行き、ディスコを経験し、学校ではエレーナ先生から文学を、言葉の魔法を学んだ彼女は、エレーナ先生の勧めに従ってモスクワの文学大学に進学するためにモスクワに移ります。その2004年2月地下鉄テロ事件がおきます。彼女と同年代のチェチェンの青年が体に爆弾を巻きつけて自爆したのです。4月にはイラク邦人人質事件が起きます。そして文学大学の入学試験に合格した8月末にまた地下鉄テロ事件がおきます。ロシアでの排外主義、留学生たちに対する検査の厳しさは増していきます。
9月、ベスラン学校占拠事件がおこり、児童保護者など350名余りが亡くなります。彼女はその時に同部屋だったインガ(ドイツ系移民の子でカザフスタンで育ち、ソ連崩壊後はドイツに移住)を通して、民族問題の複雑さを知ります。人気ロックグループのアンドレイ・マカレービッチの歌「♩・・この世界の光は闇より少しだけ多い・・♫」に慰められるのですが、マカレービッチはのちに、大規模な反政府デモの巻き起こった2011年に政府を批判、その後もロシアによるクリミア併合やウクライナとの紛争に反対、ベラルーシの民主化を支持という行動をとったと書かれています。
彼女はサーカス団と一緒に住んでいた「宿泊所」で、厳しい訓練を必要とするサーカス団の人々の悲哀や、警察の横暴を垣間見ます。法秩序の担い手だからこそ、法を守るのではなく「自分たちは裁かれないという感覚」に従って不法行為に出る・・警官たち・・(今の大統領がその姿に重なりますね)。
そんな「宿泊所」を出て、仲良くなったマーシャと一緒に学生寮に住むことになった有里さんは、大学の授業に専念します。個性的な先生たちによって「ひょっとしたらほんとうに本のなかに迷い込んでしまったのではないか」という気持ちになるほど。その中でも特にアレクセイ・アントーノフ先生との出会いは彼女にとって大きな出会いでした。
二年生になり恋の季節がやってきます。有里さんには無縁のような「恋」、でもアントーノフ先生の授業に耳を傾けひたすら筆録し、そのノートを読みながら先生の声を聞いている彼女は恋に落ちていたともいえるのかもしれません。
一方ロシアでは言論の画一化が進んでおり、大学では指定教科書に添った授業を強要するようになります(日本の小中高も同じ状況ですね)。しかし「文学」というものは「時代ごとに変わりゆく思想の流れに惑わされすぎず、自ら本を読み考え続ける」ことだ、と有里さんは考えます。
この後、この本の中に更にグイグイと引き込まれて行きました。はじめに書いた通り、上質の小説を読んだ気持ちになりました。有里さんの悲しみや深い思索が強く伝わってきました。そしてロシアにもベラルーシにもウクライナにもチェチェンにも、平和が訪れて欲しいと思いました。ぜひ読んで見てください!
この本は、4月にNHKラジオ高橋源一郎さんの「飛ぶ教室」で紹介され、源一郎さんも「小説のよう」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/gentobu/IOwoeWEIt3.html
その後、奈倉さんは弟の逢坂冬馬さんと共に「飛ぶ教室」の「戦争は女の顔をしていない」の読書会に登場しました。逢坂冬馬さんはアガサ・クリスティ賞、本屋大賞を受賞した「同市少女よ、敵を撃て」の作者です。
https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/gentobu/pwvtVjVTCq.html
そしてなんと今日、また源一郎さんの「飛ぶ教室」に奈倉有里さん登場だそうです。楽しみです。(ああもう9時すぎました。聴き逃し配信で今から聞きま=す
2022・7・1(金)38度を超えたとか・・・暑すぎますね・・・