社会をまなぶ

映画マミーMoomy(冤罪なのか?)

十三の第七藝術劇場で映画『マミーMommy』を観ました。特に何も考えず、その後のスケジュールとの兼ね合いもあって観た映画です。…「観てよかった」と思いました。心が明るくなる映画ではありませんでしたが、いかに自分たちがものごとを一面的にしか捉えていないか、と、考えさせられる映画でした。

【1998年7月夏祭りで提供されたカレーに猛毒のヒ素が混入。67人がヒ素中毒を発症し、4人が死亡した。犯人と目されたのは近くに住む林眞須美。凄惨な事件に「メディアスクラム」は加熱を極めた。】(フライヤーの記事より)

私もよく覚えています。当時報道される内容は、林眞須美という女性がどんなに悪いやつか(ヒソ中毒による保険金詐欺、夫へのヒソ混入疑惑)を強調するものばかりでした。加熱する報道陣を前にして、彼女はホースで水を撒きます。その映像は強烈な印象を世間に与えました。

ちょうど私は大学院に通っていて、ゼミの先生が「彼女がどんな人間かは報道だけではわからない。が、彼女を取り巻く世界は大きな闇に覆われていて、犯罪(冤罪かもしれない)を引き寄せてしまうのだろう」とおっしゃていたことをよく覚えています。

林眞須美さんは容疑を否認しましたが、2009年に最高裁で死刑が確定しました。2024年2月、3度目の再審請求を出しています。

この映画で二村真弘監督は、「目撃証言」と「科学鑑定」への反証をおこなっています。目撃証言には矛盾があり、また科学鑑定には不正がある、というのです。

京都大学の河合潤教授が登場して科学鑑定の不正について語る映像に、息をのみ、「ひょっとしたら」という気持ちが大きくなりました。河合先生は日本評論社より、『鑑定不正』という本も出しておられます。

https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-9357.html

保険金詐欺事件との関係については、夫の林健治さんが、あけすけに語ります。「まあ、ちょっと、どんな味すんのかなと思って舐めてみたわけ」そして、保険金が手に入る…「簡単やからなあ、やめられへん」。闇も深いのです。

息子Aさんが登場し、来し方を語ります。

世間から大きな注目を浴びた林家、報道陣に家を囲まれて学校に行けなくなります。母が確定死刑囚となり、子どもたち3人は茨の道を歩みます。児童養護施設では壮絶ないじめに遭いました。そんな中「姉(当時中学3年生)は、母親代わりに自分たちを守ろうとしてくれた」とAさんは語ります。

落書きが絶えなかった実家は2年後放火されました。その時姉は、声を上げて「帰るところがなくなった」と泣いていたそうです。高校を中退後アパレルの仕事をし、7年後には結婚して娘を授かりました。その後離婚。再婚して娘を授かり、離れて暮らしていた元夫との娘を呼び寄せて一緒に暮らしていました。必死に幸せを求めて生活していたのです。

しかし、その姉は、2021年6月子どもを道連れに自殺しました。

Aさんも、姉と同様、世間から身を隠すようにして生きています。その中で、無罪を主張する母の言葉を信じようとしています。そしてこの映画でも明らかになっているように、確かに「冤罪」の可能性があるのです。

冤罪を訴える運動を続ける人々に、通りがかりの人は「あれは間違いなく眞須美容疑者がやったんやろ。そう信じている。事件の経過も見てきた、判決も出ている」と語ります。「フリーズしている(読売新聞より)」記憶に支配されて、動かし難いのです。多くの人が同様に「思い込んでいる」のだろう(私も)、と感じました。

映画監督の二村真弘監督は、真犯人は誰か?と捜査や裁判、報道に関わった人たちを訪ね歩きます。

高校生だった被害者杉谷さんのお父さんも登場します。事故現場に行き花を手向ける姿が印象に残ります、この方は映画では多くを語っておられませんが、NHKクローズアップ現代(2021/7/16)の「カレー事件のこどもたち」で、発言しておられます。「彼らは彼らの人生やから。親と別だから。同情はおかしいけれど気の毒と思う反面、でも被害者からしてみてはモヤッとしたもんがあります。」

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4573/

この番組の最後にAさんは「世間の人たちと同じように道のど真ん中歩いて進む人生というよりかは、立場をわきまえて変に真ん中を歩こうとせずに、僕はそこからどれだけのことができるかというところで僕は生きていこうと」と語っていました。映画の中でも同じようなことばが語られます。「立場をわきまえて」って・・・何一つ自分自身にはやましいことがないのに・・・。

二村真弘監督は真実に近づこうとします。当時を知る多くの人々は、忘れた、思い出したくない、と口を閉ざします。健治さんやAさんと一緒に事件の重要な鍵を握る(と思われる)男性の家を探し当てて訪ねたりもします。しかし、なかなか真実の解明が先に進まない焦燥感の中で、監督はやってはいけないことをしてしまいます。この映画はその監督自身の姿を描くことで終わります。

25年、四半世紀の時を経て、人々の記憶も薄れ、また変化していくことだと、我が身に照らして実感します。そんな中、何が真実かを証明することは難しい、でも真実でないことが証明されたのであれば、それはもう「疑わしきは罰せず」という原則に則る(疑わしくもないのかもしれませんが)ことが必要だと考えます。

『なぜ君は総理大臣になれないか』『香川一区』『国葬の日』の監督、大島新さんが、この映画に対して、「この映画はスクープだ。そして誤解を恐れず言えば、痛切なるエンタメ作品だ。取材の深さはもちろん、撮影・構成・編集などの表現力も一級品。同業者として脱帽、と同時に、嫉妬した」というコメントを寄せています。

公認心理士の信田さよこさんは「不思議な映画だ。何重にも入れ子構造になったテーマが見る者を惑わせる。冤罪告発、息子と母の関係、不可思議な家族に加えて、監督自身が大きな存在としてせり出している。一度も画面に登場しない林眞須美が真の主役かもしれない。一筋縄ではいかない本作は、ドキュメンタリーのあり方を根底から問いかける問題作となるだろう」。

また、上に挙げたNHKクローズアップ現代(2021/7/16)でコメンテイターを務めた、『福田村事件』の監督森達也さんは、「もしもあなたが、当時の報道をそのまま信じ込んでカレー鍋にヒ素を入れたのは林眞須美死刑囚に決まっていると思っているのなら、絶対にこの映画を観て衝撃を受けるべきだ。その後に考えてほしい。自分たちは何を間違えたのか。なぜ思い込んだのか」というコメントを寄せています。

保険金詐欺を繰り返していたこと(しかも「被害者」の一人とされた夫は「被害者でない」と語る)と、皆が食べるカレーにヒ素を入れて多くの人を殺すこと、との間には、動機につながる何かは一つも見つからないです。そのような中で死刑囚が作り上げられ、筋書き通りの証言がでっち上げられていくことの恐ろしさを痛感します。

他にも多くの冤罪事件があります。

例えば、「大河原化工事件」について知った時は、戦慄しました。

https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/visualisation/falseaccusation/case4.html

https://www3.nhk.or.jp/news/special/jiken_kisha/kishanote/kishanote85/

また、「村木事件(郵便不正・厚生労働省元局長事件)」も強く記憶に残っています。

https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/visualisation/falseaccusation/case1.html

世の中の真実を見極めることは本当に難しいことですが、さまざまな事象を知って、一面的な見方をしないようにする、ということは忘れたくないものです。

2022年9月15日記 (映画を見たのは8月24日土曜日でした)

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たつこ
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今でも手元にある「長くつ下のピッピ」「やかまし村のこどもたち」が読書体験の原点。「ギャ〜!」と叫ぶほかない失敗をたび重ねていまに至ります。

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