自分と向き合う技術

本「居るのはつらいよ」「野の医者は笑う」「心理療法とシャーマニズム」

遅まきながら、東畑開人さんの本を二冊読みました。東畑さん自身の沖縄での臨床心理士としての活動及び研究成果をまとめた二冊、と言っていいと思います。興味深く読みました。

まず、大佛次郎論談賞を受賞した話題作、「居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書〜」から。医学書院シリーズ「ケアを開く」の中の一冊です。https://www.igaku-shoin.co.jp/series/28このシリーズは、『「科学性」「専門性」「主体性」といったことばだけでは語りきれない地点から《ケア》の世界を探る』というコンセプトで作られており、多くの優れた本を輩出し、様々な賞を受賞し、今年で21年目に突入しました。

「居るのはつらいよ」は2019年に第一版が出ました。発売前に増版が決定し、多くの人に読まれました。

心理学の博士号を取った東畑さんが、あれやこれやの職探しの末に飛び込んだ沖縄のデイケア施設。そこで最初に与えられた指令は「とりあえず座っといてくれ」。臨床心理士として、カウンセリングを行うために、臨床の知を得るために、就職したのに、「何もしないで、『ただ、いる、だけ』で過ごすことを求められたときに持った居心地の悪さ。その居心地の悪さに耐え続けるうちにみえてきた大切なこと〜〜〜

就職してからの東畑さんとその周りの人々の様子を生き生きと活写(守秘義務を守るために完全な創作)、一方で、その内容を単なる物語として収めることなく、第一章では「ケア」と「セラピー」、第二章では「いる」と「する」、第三章では「心」と「体」、と、心理学的な概念を二項対立で考察するように描いています。

「面白いのは、そうやって創作にすることで、登場人物が勝手に動き出して、事件を起こしていくことです。そんな風に物語に引っ張られ、『書かされた』部分もあります。」と東畑さんはおっしゃっています。小説家の言葉ですよね。

しかし、この本には「幕間」があります。物語の真ん中で「ケア」の時間と「セラピー」の時間の流れ方の違い、がまず語られ、物語の後半、デイケアで働く登場人物がほぼみんなやめてしまった絶体絶命のピンチの「幕間2」で、「ケア」と「セラピー」という概念がこの「学術書」の主人公であることが明かされます。

「ケアとは傷つけないことである。」=「多様なニーズを満たすことである。」=「十分にケアされることによって、いること、は成立する。」

「セラピーとは傷つきに向き合うことである。」=「ニーズを変更することを目指して介入する。」=「人は、葛藤し変化し成長し自立を目指す。」

曖昧模糊とした世界の見通しを、東畑さんは二分法によって、少しでもよくしようとしているのです。そして、本の最終章では、社会的な問題へと踏み込んでいきます。「ふしぎの国のデイケア」は、実は「みんなの社会」の話だった。変化をもたらし、効果があり、価値を生み出すことを社会は求める・・・いや、自分自身の声もそれを求める。しかし、それをしない「ただ居ること」は、辛くても何より必要なことなのだ。擁護されるべきことなのだ、と。

《これは物語でありながら、心理学という学問を使った謎解きでもあるんです。読んでくださる方にも、そのことを体験してもらえるのではないかと思います。しかも見ているだけではなく、自分も一緒に参加して考えるような謎解きミステリーです。そしてそのきっかけは、「『ただ、いる、だけ』って難しいな」とか「誰かの心をケアするってなんだろう」という、日常的にふと感じたことの中にあります。それは至るところで日々生じていることだと思います。ですからみなさん、一緒に「居る」ことの謎を解き明かしにいきましょう。》と東畑さんは語ります。https://book.asahi.com/article/12303131

「そのままのあなたでいいのです」と言いながら一方で「この人が生きやすいように変わること」を目指している臨床の場、そんな矛盾した場所で、一緒にいることに、試行錯誤している人にとっては、この本を読むことは実際の仕事の追体験をし、見直すことに繋がります。一方で同様の矛盾は筆者のいうとおり至る所に存在しており、だからこそ、この本は多くの人に読まれたのだと思います。

 

次に紹介するのは「野の医者は笑う〜心の治療とは何か?」(誠信書房)です。この本は2015年8月に出版されました。http://www.seishinshobo.co.jp/book/b200599.html

沖縄で、長い間妄想被害に苦しんでいた女性と手応えのある心理療法を行なっていた東畑さん。ある日突然来なくなった彼女に連絡を取り、最後の治療に訪れた彼女をみて、東畑さんはびっくりします。必需品だったサングラスもマスクもニット帽も無いままに彼女は無防備に笑っていたのです。

マブイ(魂)が落ちたことを心配したおバアに連れて行かれたヤブー(ヤブ医者?野巫医者?)で、自分の目を見つめさせるだけの治療を受けた彼女は、涙が止まらなくなり、それから色々なことが気にならなくなったといいます。その話を聞いた東畑さん、奇跡を起こす「野の医者」と会ってみよう、それが心の治療を見直すことになる、と思い立ち、「野の医者の医療人類学」という企画書を書き上げました。その企画が、トヨタ財団に採択され、沖縄に多数存在する「野の医者」のフィールドワークを開始することになります。2013年のことです。

「女性の口コミ」という正規ルート=妻の友達、の野の医者サオリさんを皮切りに、次々と野の医者の話を聴き、実際に治療を受けて回る東畑さん。「居るのはつらいよ」で描かれた4年間の4年目に当たります。次から次へと現れる不思議な治療を受ける中、彼は新しい就職先を見つけ、沖縄を離れることにしました。しかしその就職が頓挫し、さらに野の医者の世界に深く入り込んでいくこととなったのです。

野の医者には自らが傷つき病んだ経験のある人が多くいます。そんな中で東畑さんは、京都大学大学院での混乱を思い出します。ユング派の先生と精神分析の先生との診断が全く違い、議論にすらならず、その主張が平行線をたどっていた風景。同じクライエントでも、みる人が違えば病名や見立てが変わってしまうとするならば、一体病名や見立てとは何なのだろうか?という疑問。野の医者と会う中で東畑さんには一つの答えが見えてきました。「治療者の見立てはクライエントの生き方に方向性を与える」

そして、野の医者たちは格安でセラピーを行います。なぜならば、野の医者たちは誰かを癒すことで自分自身が癒されるから。そしていかにも怪しい、怪しくて軽薄。怪しくて軽薄なものになぜ人は癒されるのか。私たちは今軽薄でないと息苦しい時代に生きているから。その怪しさを研究することは、臨床心理学に茶々を入れることになる。しかし、学問は常識が疑われ地面がグラグラと不安定になったときにこそたくましく成長することができるのです。

心の治療は時代の子である。時代の生んだ病に対処し、時代に合わせた癒しを提供するものなのである。だから時代をうつす鏡でもある。早く簡単に治ることを求めるのではなく、揺れる価値観の中で粘り強く考え、考え抜いて、新しい時代における心の治療を作り出していくのが、これからの自分の仕事なのだ、と東畑さんは考えます。しかし、「臨床心理学という治療文化は野の医者の治療文化より優れている」という結論にはならないのです。どちらが良いものという問い自体がナンセンスで、人の価値は人それぞれなのだ、ということがこの本の結論なのです。

この本に登場する野の医者たちの物語は興味深く面白いものでした。それぞれ好きなように生き、好きなようにミラクルストーリーを紡いでいる。

そして、この本を読みながら、私は、約20年前に大学院で出会った素敵な井上亮先生の姿をずっと追いかけていました。筆者の東畑さんの大学の先輩にあたるその先生は、沖縄のユタをはじめとした民間治療に深く興味を持ち、さらにアフリカ・カメルーンの呪術師にまでその関心を広げて、実際に呪術師の弟子になって、命をかけてイニシエーションの過程を経験しました。私が出会ったのは先生が二度目のカメルーンから帰国され、その体験を臨床心理学の言葉に紡ぎ直しておられるときでした。先生はあまりに深く精霊とかかわりすぎたのかもしれません。三年後、不治の病に侵され亡くなられました。もっともっと教えていただきたいことがたくさんあった、もっともっと本を書いていただきたかった、、、。一冊の素晴らしい本が残されています。https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=3121

優しい笑顔がチャーミングな先生でしたが、その目が笑っているときを見ることは私にはなかったように感じました。先生の目には私は映っていない、と哀しく感じることもありました。遠い深い世界を見つめていた井上先生に「後輩の東畑さんという若者が、かる〜い感じに、でも深淵を見据えながら、野の医者のことを書いておられますよ」とお声かけしながらこの本を読みました。

2021・9・22  昨年の、医学書院「ケアを開くシリーズ・20周年記念記念セミナー」に東畑さんも参加しておられます。お話面白いです!

https://www.igaku-shoin.co.jp/prd/care_hira/index.html

 

 

 

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manabimon
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英語学習・音楽制作・WEBデザイン・体質改善など、色んな『まなび』と『教育』をテーマにnelle*hirbel(通称ねるひる)を中心に学びクリエーターチームで情報を発信しています。 YouTubeチャンネルでは、音楽×英語の動画コンテンツと英語レッスンを生配信しています。

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