詩の世界

万葉恋づくし〜やられた〜〜

万葉集を読んでいると、その行間から、沢山の人々のやりとり、感情の揺らめき、大切な思いで、が、ある時はふわりと、ある時はじんわりと、浮かびあがってきます。それは万葉集を読む楽しみの真髄です。

行間から浮かびあがってきた物語をすくい取り多くの小説が生まれています。井上靖さんの「額田王」を新潮文庫で読んだのは高校時代でした。古典の教科書に載っている歌からこんな物語が生まれるのか、と心踊らせて読みました。その後も、永井路子さんの「美貌の女帝」や「裸足の皇女」、梅原猛さんの「水底の歌」「黄泉の王」、梨木香歩さんの「丹生都比売」などなどの、万葉の時代を描いた本に心揺らぎ、何回も繰り返し読み返したものでした。

それから長い時間が経ちました。大伴家持にすっかりハマってしまったこの夏、私は、「小説」になったものを手に取る気にはなりませんでした。自分自身の想像の中で自由に動く人々の姿を損なうような気がしていたからです。

しかし、季節が変わり、心も変わり、だんだんと他の人の想像の中で万葉人がどのように描かれているのか気になり始めました。そこで、先日、図書館で恐る恐る予約し、借りたのが「万葉恋づくし」という小説。梓澤要さん作。何も調べないままで、(私がいうのは失礼ですが)題名からは大した内容ではないのでは?と思いながら。

表紙を開くと扉に本の帯が貼られています。そこに「万葉恋歌の謎を解くみずみずしい筆致。やられた、と思った。」という上野誠さんの言葉がありました。ふ〜ん、と思いながら読み始めて、すぐに「やられた!」という上野さんの気持ち(私が言うのは失礼、その2ですが)に共感し、夢中であっという間に読了しました。

 里人さとびとの 見る目づかし 左夫流児さぶるこに さどはす君が 宮出後姿 みやでしりぶり

 くれないは うつろふものそ つるはみの なれにしきぬに なほ及かめやも 

(大伴家持 万葉集巻十八4108、4109)

里の人たちの観る目が恥ずかしいことよ。さぶる児に迷っておられるあなたの出勤の後姿。

紅色は華やかだけれどもすぐ色褪せるものよ。地味なドングリ色に染めた衣にどうして及ぶことがあろう。 という歌から物語は始まります。

家持直属の書記官、尾張少咋(おわりのおくい)が、宴席で高官たちを接待する遊行女婦(うかれめ)の「さぶる児」に恋をし噂になります。そんな少咋に家持が「都の妻を大事にしなさい」と諌める歌です。

物語は、少咋を主人公に進み、家持の繊細さが少咋の心を逆撫でする様子、そして、さぶる児の思わぬ素顔を描きます。登場人物は物語の中で、生き生きと躍動します。

大伴書持、紀郎女、市原王、石川郎女、大伴田主、藤原麻呂、坂上郎女、穂積皇子、広河女王・・・・名の残った人、残らなかった人、たちが交錯し、「歌」に秘められた思いが、まるで、にじみたらし絵のように、じんわり広がり色と色が混じり合い、思いがけない形が浮かびあがります。

オススメの一冊です!!https://www.shinchosha.co.jp/book/121183/

蛇足(私が今一番気になっているのは大伴田主さんです)

2020.10.29(木)旧暦9月13日 十三夜です。月と星がとても美しい夜です。

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たつこ
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今でも手元にある「長くつ下のピッピ」「やかまし村のこどもたち」が読書体験の原点。「ギャ〜!」と叫ぶほかない失敗をたび重ねていまに至ります。

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