紫外線を当てると緑色に光るマウス・・・急速に進化するゲノム編集技術。テクノロジーは使い方次第で人類の明暗を大きく分けることになります。2030年には、ゲノム情報を解析するための費用が限りなくゼロに近づきゲノム編集が自在になるそうです。人々があらゆる生命を自在に操れるようになった先に何が待っているのか?
今晩のNHKスペシャル・2030未来への分岐点シリーズ第4回は「ゲノムテクノロジー」が主題です。
中国杭州にゲノム治療最先端医療施設があります。末期の癌患者が次々と訪れます。病院長のゴ医院長は20人以上の患者に遺伝子を操作する技術を使って患者の体がガン細胞と闘う力をつける臨床実験を行い一部の患者に効果があったといいます。三年前に余命三ヶ月と診断された男性は、今、癌がコントロール可能なレベルに抑えられているそうです。
ガン細胞と戦うキラーT細胞をゲノムテクノロジーによりより強力なものにしていく。ゲノムは体の特徴や機能を細胞レベルで決める人体の設計図です。この配列は何十億もあり、組み合わせの書き換えは容易ではありませんでした。この書き換えを可能にし、生命化学の常識を打ち破ったのが昨年ノーベル賞を受賞したアメリカのダウドラ博士です。クリスパー・キャス9という画期的な技術により思い通りに遺伝子の配列を書き換えることができるというのです。これは医療や農業などあらゆる分野で、世界を大きく作り変える事の出来る基礎技術です、と博士は言います。
この技術を急速に発展させようとしているのが中国です。2030年までにゲノム技術を発展させることを国家目標としています。新型コロナのパンデミックの中で、中国はゲノム技術を用いたマウスを世界中に売り出しています。このマウスは一部の遺伝子を人間のものにかえ、新型コロナに感染するようになったため、新型コロナに対する薬などの研究に使われるため、飛ぶように売れているというのです。自然界に存在しない新たな命を大量に生み出しているのです。
しかし、アメリカのシンクタンク・マッキンゼーグローバル研究所のチュイ所長は「この技術は光と影が共存するパンドラの箱です、どこかで倫理の線引きをする必要があるのです。次の10年より良い選択をするためにこの問題に向き合わなければならない。」
ゲノムを一から合成することで、馬とうウィルスという感染力の強いウィルスを作り出すことができたカナダのアルバータ大学のエヴァンス教授は、その危険に人々が気づかないことに警鐘を鳴らしています。「油断すると新型コロナと同じような問題に直面することになる。」
社会の奥底に潜む憎悪や不満がこの技術を悪用したらどうなるでしょう。使い方を誤ると暗黒の未来がやってきます。2030年がその分岐点。
中国雲南省の霊長類研究所では多くの猿が飼われ、人と猿の細胞が混じったキメラを作るという実験を行っています。将来他の生物の体の中で人間の臓器を作ることが出来る、移植用の臓器不足を補うことになる、というのです。しかし、細胞レベルでの実験でなく、実際に人間と他の動物の細胞の混じったキメラを作ることは、多くの国で禁止されています。
望み通りの子どもを作ることができるデザイナーベイビー。中国の南方科学大学の若手研究者ガさんは人間の受精卵のゲノム編集により、エイズにかかりにくい双子の女の子を作りました。国際会議で彼は「倫理的な手続きは?」「なぜ秘密裏にそのような実験を行ったのか?」と厳しく質問されました。その後、彼は中国政府により逮捕され、公の場から姿を消しました。
この事件を受け世界の科学者たちが作る国際委員会は「ゲノム編集した受精卵を母親の子宮に移植することは当面の間行うべきでない」と決定しました。しかし、骨格などに異常が発生するマルハン症候群を、受精卵の段階でゲノム編集を行えばこの遺伝病を防ぐことができる、と上海科技大学コウ教授。倫理について問われると「倫理のことは倫理学者にお任せすればいい、私たち生物学者は正当な目的があれば技術を追求し実験を行えばいい、私たちの研究は一般の人には理解できない。」
哲学者のオックスフォード大学のサバリスク教授。医療の効果によって、自分自身を変える技術を手にすることは、全ての人が平等に力を発揮するために意味がある、と言います。
現代アーティストのスプツニ子さん。テクノロジーの進化がどのような影響を人々に与えるのかを問う芸術作品を作ってきました。スプツニ子さんは上智大学グリーフケア研究所の島薗所長に尋ねます。「これまで命は授かるものだった、どういう子どもかっていうのもわからなかった。しかし思ったような子どもを作る、そんな命の選別を行うことで、命は作るものになり、壊せるものになり、命の尊さの基本感覚が怪しくなるのではないか」「科学は進歩するもので、ただ進むことに忙しく、一人一人にとって実は何が大事なのか、どこへ向かうことが大事なのかを考えることがしにくい社会になっている。しかし、2030年はすぐそこまできている、ゲノムテクノロジーについて社会的倫理的に話し合うことが必要だ。」とおっしゃいます。
番組では、未来の社会に足を踏み入れた現代の19歳ナナちゃんの目を通して、暴走したゲノム技術により、デザイナーベビーや人間の臓器を与える動物たちを作り出す様子を描きます。優秀なゲノムを求める人々は思い通りの遺伝子を獲得して上流階級を形成しており、ゲノム編集できない人々は蔑まれています。不平等と差別が広がっています。効率や合理性ばかりが求められる社会になっています。
実際にバクテリアのゲノム編集技術を世界に発送、発信しているアメリカのバイオハッカー・ゼイナーさん。購入者には日本人もいます。「ゲノムテクノロジーによって個人が影響力を持つことになるのは素晴らしい」といいます。
皆さんはどう思いますか?
オーストラリア・メルボルンのディーキン大学カークシー准教授は「ゲノム編集に関しての対話」を学生や市民たちと続けてきました。様々な立場の人が真剣に語り合います。しかしこのような取り組みはまだ広がっているとはいえません。
ユネスコ国際生命倫理委員会シュネイベスさんは「このような強力な技術を議論なく使うことはあってなはらない。私たちは単なる消費者であってはいけない。私たちはとてつもなく大きな責任を負っているのです。」と言います。
ゲノムテクノロジーの発展の先に私たちの幸せはあるのか?命の意味を考え、議論を重ねる必要がある・・・難しいことだけれど。
2021・6・6(日)「あなたを変えることはできないがあなたのために世界を世界を変えることは出来る。多様性を認める社会にすることが大切です。」というダウン症の子どもを持つ親の言葉がとても印象に残りました。