如意谷に藤を見にいった日、その近くで素敵なレンゲ畑にも出会いました。幼い頃はそこここに見た蓮華の絨毯ですが、今や中々目にすることはできなくなりました。友だちからは蓮華畑に行くと蜜蜂に出会うときいていたのですが、この日の蓮華畑にはたくさんの燕が訪れ、ピュンピュン高速で飛び回っていました。最高速度は、時速200kmにもなります。空中で飛んでいる虫を捕食するんだそうです。
公園の池でツバメが水浴びしているように見えることがありますが、これは、水面上を飛行しながら水を飲んでいるそうです。ツバメが低く飛ぶと雨が降る、といわれます。天気が悪くなる前には湿度が高くなり、ツバメの餌である昆虫の羽根が水分で重くなって低く飛ぶようになるからだと言われているそうです。
春になると、フィリピンやベトナム、マレーシア、インドネシアなど遠く南の方から、距離にしておよそ2,000km~5,000kmの海を越えてやってきます。沖縄・九州を経て、3月には大阪でも姿を見かけます。私たちの多くがツバメの姿に気付くのはツバメが駅の軒下などに巣作りを始める頃ですね。
万葉集の燕の歌は、ただ一首、大伴家持の歌です。
燕来る 時になりぬと 雁(かりがね)は 本郷(くに)思(しの)ひつつ 雲隠(くもがく)り鳴く 大伴家持 (19巻4144)
燕が来る季節になったからとて、雁は本国をしのびつつ、雲の中に鳴いている
750(天平勝宝2)年3月2日(太陽暦では4月12日)、任地の越中国国府で、帰る雁を見ての歌です。その前日3月1日、家持は、のちに彼の、そして万葉集の代表歌とされる歌を詠み、その後果てしない物思いに悩まされ続け、次々と歌を詠みます。この燕の歌はその中の一首です。
大伴家持の、そして万葉集を代表する歌、とは次の歌です。
春の苑(その) 紅にほふ桃の花 下照(で)る道に 出で立つ少女(をとめ)(19巻4139)
春の苑は紅ににおう。しかし華麗な紅は次第に黄昏の薄墨色に溶解してゆく。その過程で家持の心が現実から離れ、幻想に誘われた世界で、新たな像を創造する。「下照る道」は光の世界である。そこに少女がふっとあらわれる。〜〜(豊麗な天平ふうの)女性を幻視した華麗な歌だが、しかしその作者はぼんやり坐して、黄昏の空間を見つめている。幻想が華やかであるだけ、作者の孤独感はいっそう深いものがあろう。(万葉の秀歌 中西進 より)
少女の歌に続き、家持は物思いにふけります。夜「飛び翔る鴫(しぎ)を見て」「京師(みやこ)を思(しの)へる歌」を歌い、明けて2日、「堅香子の花をよぢ折れる歌」と続きます。
物部(もののふ)の八十少女(やそおとめ)らが汲みまがふ寺井の上の堅香子(かたかご)の花 (4143)
カタクリの花から想像が広がって、幻想のスクリーンに、初々しい鄙のおとめらが、つぎつぎと入り乱れ、水を汲む姿が描かれます。しかしその美しい幻想は消え、その夜も物思いは続きます。帰る雁の鳴き声を耳にして北国にも春がやってきたと歌うのです。渡り鳥の往還は、任地と京(みやこ)を往還する家持自身の姿でもあります。
その夜も更け、千鳥の鳴き声を聞いて家持は人麻呂や赤人のことを偲び、また、暁に雉(きじ)の鳴き声を聞き歌います。二夜続けての不眠の後のまどろみの床に、家持は、はるかな射水(いみず)川を漕ぐ船人の歌声を聞くのでした。
朝床に 聞けば遥けし 射水川 朝漕ぎしつつ 歌ふ船人 (4150)
この歌はのどかな牧歌調をもって見られる面もあるが、こう見てくると、けっして家持は安らかな朝を迎えているのではない。その不安のなかで、しかしいま現実に戻った生活者の歌は、家持を憂愁から救済する力をもっていただろう。〜この二夜を眠らせなかった物思いはなんであったかは、正体を明らかにしがたい。しかし、具体的に指摘できない、何となく心をなごませない悲しみが人間にはある。(万葉の秀歌 中西進 より)
いま、思うように進まない様々な状況の中で憂い悩み苦しんでいるこころたち。コロナ禍と相まって、そのこころの在りようはさらに複雑に絡まってしまいます。そんな中で、何が私たちを憂愁から救済してくれるかわかりませんが、自然の力、変わらない毎日の暮らしの力、を信じることはできると思います。家持の頃から変わらない真実だと感じます。
ツバメの数は年々減っているそうです。大阪のすいた市民環境会議では、吹田市内のツバメの巣の調査結果が報告されています。1998年と2010年の調査結果を比較すると、3分の1に減ってしまいました。田畑の減少と西洋風家屋の増加(軒下の減少)、カラスの増加、が主な原因と考えられています。https://www.wbsj.org/activity/conservation/research-study/tsubame/decrease/
ツバメは法律で守られており、ツバメの巣の下の糞が嫌で巣を壊すことは禁止されているそうです。私たちがツバメの子育てを見守ることで人とツバメが共存できる姿を目指している日本野鳥の会の取り組みには賛同する人が多く、駅でのツバメの巣もたくさんの人の力で守られています。https://www.wbsj.org/activity/conservation/research-study/tsubame/
我が家の近くの駅でもツバメが毎年子育てをしています。そして公園でも池の上をピュンピュンとんで水を飲んでいるツバメの姿が見られます。いつまでもこの姿が見られるといいですね!
2021・5・2(日)旧暦3月21日 大安吉日