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本)王朝日記の魅力(島内景二)〜更級日記

2024(令和6)年初夏、今私は、ラジオ古典購読(土曜午後5時〜45分)「名場面でつづる『源氏物語』」(島内景二)を楽しく聴いています。

島内さんは、2020(令和2)年春からラジオ古典講座で『更級日記』『和泉式部日記』『蜻蛉日記』を講読し、ラジオ放送と連動してそれぞれの新訳を刊行してこられました。

しかし実際のラジオ番組では話したものの上記の本には含まれていない台本がかなり残され、それをまとめたのが『王朝日記の魅力』です。https://kachosha.com/books/9784909832450/

今回はこの本を手に取りました。予想通り面白い!!!ここでは、この本から、『更級日記の魅力』について取り上げたいと思います。

蜻蛉日記の作者藤原道綱母(藤原兼家側室)は、藤原寧倫娘でもあります。その妹は、菅原孝標の妻となり、二人の間に生まれたのが、更級日記の作者です。

源氏物語約10年後の1020年13歳の彼女はひたすら「源氏物語を読みたい読みたい」と願います。14歳で源氏物語を手にした彼女は「本を読む喜びは后の位になるより大きい」と物語に夢中になります。

15歳の時、彼女の姉が「今私の体がどこへともなく飛んでいったら…」と死を予言する言葉を発し、藤原行成の姫君の生まれ変わりの猫が家に迷い込みます。この猫は翌年火事で死にます。さらに翌年姉も二人の子どもを残して亡くなります。

18歳の時、彼女は東山に滞在しそこに恋人が通ってきます。恋人の名は明らかにならないのですが、島内さんはこの恋人は姉の夫ではないかと考えます。彼女が書いたとされる物語『夜の寝覚』には、姉の夫と心ならずも通じた妹の苦しみが描かれます(物語の中の姉は夫と妹の密通を知り嫉妬し出産し死に至ります)。この『源氏物語宇治十帖』にも重なる物語展開を、彼女自身の読書体験、実際の体験をもとにしたものではないかと、島内さんは想像するのです。

物語のことで頭がいっぱいだった10代20代を過ごした後、彼女は、33歳で橘俊通と結婚します。この時「光源氏のような男は現実世界にはいない。浮舟のようになることはあり得ない」と地道に暮らしていこうと思いますが、そういう気持ちに徹することもできなかったようです。宮仕えもしながら、一方で夫の出世や子どもの成長を願う自分の姿を、彼女は、(島内さんの言葉を借りると)「物語でも、批評文学でもない、まして説話でも、歌集でもない、まったく新しい文体」で綴ります。「余計なことをいっさい書かず、言葉を絞りに絞って、極限まで要素を排除する。そのことによって文章の間から、生きることの切なさや、人生に対する悔恨が立ち上ってくる。読者は作者が必死に生きてきたことに共感し、深く感動する」のです。

物語作家としての彼女の才能は、『夜の寝覚』『浜松中納言物語』に発揮されます。

『浜松中納言物語』を解説する中で、島内さんは、その物語展開にも『源氏物語宇治十帖』に重なるもの、つまり、「その後の浮舟」を感じる、と書いておられます。

浜松中納言物語では、主人公の中納言は亡父が中国で皇帝の皇子に生まれ変わったと知り唐に渡り唐に渡ります。そこで、夢のお告げに導かれた彼は、唐后と結ばれ生まれました(「産まれ変わり」「夢のお告げ」というテーマが、彼女の作品である根拠となるのです。更級日記では「公任の姫が猫に生まれ変わり」「様々な夢のお告げ」が彼女にもたらされます)。

中納言は日本に戻ります。そして自分の身はどうなろうと唐后に会いたい、と願います。すでに苦しみの多い人間界から悩みのない天上にいた、唐后は中納言の愛情にほだされて、日本に生まれ変わってやってきます。天に昇ったままの方が幸せなのに自分一人の幸せを追い求めることができないのです。

島内さんは、この唐后のあり方が、藤原孝標娘からの紫式部へのメッセージ「その後の浮舟の姿」だと考えます。

『源氏物語』の最終章で、横川の僧都は浮舟に「薫殿があなたの愛ゆえに、心を乱して苦しんでおられる愛執の罪を同じように苦しんでいるあなたが吹き払って、消してさしあげなさい」と浮舟に還俗をすすめます。決心のつかないまま泣いている浮舟の姿を書いて『源氏物語』は終了しました。

繰り返しになりますが『浜松中納言物語』では、唐后は中納言の愛執の罪を消してあげるためにユートピアから苦しみに満ちた人間の世界に下りたとうとしています。つまり、「浮舟が還俗して薫を救う終結」こそが菅原孝標女の考えなのだと島内さんは考えるのです。

今、私の中では、浮舟が薫を拒否したことで浮舟は自由になり自立を得た、という読みが主流ですが、本当のところはわからないですね。

紫式部や孝標女の考えは永遠に謎ですが、あれこれ考えを巡らせることは楽しいことです。

 

2024皐月 はやくも下旬となりました。バラの季節。我が家のミニバラも機嫌よく咲いています。

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今でも手元にある「長くつ下のピッピ」「やかまし村のこどもたち」が読書体験の原点。「ギャ〜!」と叫ぶほかない失敗をたび重ねていまに至ります。

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