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生と死〜本「つるかめ助産院」と「もう生まれたくない」

怒涛の年末年始が過ぎ、日常が戻った初出勤日、「貸し出せます」という連絡が図書館から来た時には、なぜその本を予約したのか思い出せませんでした。

長島有著の「もう生まれたくない」https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000190356

とりあえず借りて読んでみよう、と読み始めました。冒頭から、大学のキャンパスを空母に見立てた「空母の郵便局が素敵だ」という首藤春菜の空想が広がり、春菜という人に惹かれます。でも、「XジャパンのTAIJIが死んだ」「TAIJIとセガサターンのゲームの中で会った」「ピアニストがピアノを弾くカレーのコマーシャル」と、知らない話題が次々と出て来て戸惑いました。とはいえ、戸惑っているのは私だけではなく、作品の登場人物たちも一緒なんです。「それ誰だっけ?」死が報じられた時の戸惑いの中に、登場人物一人一人の生き様を垣間見ることができるのです。

長嶋さんご自身も語っておられるように、彼の作品には固有名詞がたくさん登場します。その時代の空気をたくさん含んだ固有名詞。この作品では「訃報」を纏った固有名詞が登場します。

2011年7月TAIJIの訃報。8月石川県大崎海岸での落とし穴夫婦死亡事件。10月スティーブ・ジョブズの訃報。11月Mr.Booシリーズの主演リッキー・ホイの訃報。

2012年10月物語の主人公の一人首藤春菜の夫の突然の事故死。映画「エマニエル夫人」のシルビア・クリステルの死。

2013年6月声優内海賢二の訃報、岩手県議小泉光男の自殺。10月桜塚やっくんの事故死。

2014年STAP細胞の有無で大揺れに揺れる中、8月物語の端役(ではないな・・色男)の布田非常勤講師は撲殺され、小保方さんの上司の笹田教授は自殺した。

そのような出来事の中で、登場人物たちの生き様が一つ一つ愛おしいもの、あるいは理解しがたいものとして、立ち上がり、また立ち去って行きます。

「主人公の女性たちを敢えて無個性にした」と作者は言います。「昔から〝個性豊か〟ということを信じていないから。」「みんなが思っているキャラというものを剥いだ時の微差は取り替え可能なのかどうか。その微差というものこそ書き留める甲斐があるんじゃないか。だから群像劇なのに敢えて個性豊かに書き分けないんです。」・・・という結果・・・私には女性たちはそれぞれに個性的に感じられたのですが・・・どうなのでしょう?

一方で、作者は男性達を個性的に描いたのでしょうか?色男の布田先生や、あまりに素直な素成夫くん、と、一面的に描かれすぎているようにも感じました。いや、男性って(と決めつけてはいけませんが)シンプルで一面的な人が多いのかもしれない?・・・うーむそう言ってしまうと違うような気がする。布田先生は作者の周りではあまりにも評判が悪かったそうですが、でも実際にそういう人いるし、そんな布田先生を慕っている素成夫くんは全然布田先生とは違うタイプで・・・と考えたら、そうか一面的ではないですよね、彼ら。

「もう生まれたくない」から、「今を精一杯生きていくんだ」というところに繋いでいきたい、と作者はインタビューで語っていました。

夫の死を言語化できないけれどすごく傷ついている春菜が、亡くなった人に献杯し、涙を流し、言葉を送ろうと思う姿に、その思いが重なります。春菜はそのまま酔っ払って意識を失うのですが、小説を読むって、酔っ払って、意識を失うことと似ているのかもしれません。

そんな小説を読んだ直後、偶然図書館で手にした「つるかめ助産院」小川糸著、を借りました。(人気者の小川糸さんの本、新しいものは沢山の予約待ちです。)こちらは夫に去られた主人公のまりあが、南の島で、助産婦(今は助産師というのですね)鶴田亀子と知り合い、様々な体験の後に赤ちゃんを産むというお話です。https://honto.jp/netstore/pd-book_25232187.html

ベストセラー小説で、2012年にテレビドラマ化もされており、ご存知の方も多いと思います。「親に捨てられた子、夫に捨てられた妻、であるまりあが、子どもを産むことをどのように受け入れていくか。」私は今回初めて読み、南の島独特の濃密な空気感を感じながら、都会っ子の主人公まりあ、や、彼女を巡る人々が変化していく様子を興味深く追体験しました。

生きること、死ぬこと、生活すること、笑うこと、泣くこと、苦しむこと、ラッキーなこと、アンラッキーなこと、そんな営みは、全て個別のひとりひとりによって違う体験ではありますが、決して個人的なものではなくて、有機的につながりあっていて、だからこそ社会的なものなんだ、と二冊の本を読んで感じました。

人の在りようの微差を大差と考え、大差を微差と受けとって、ひとりひとりを大切にしていく視点を二冊の本から学んだように感じます。

2022年1月20日大寒 一昨日の満月の日、満月と反対側の南西の空を人工衛星「のぞみ(希望)」が美しい光を放って、思いの外速いスピードで横切っていきました。

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たつこ
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今でも手元にある「長くつ下のピッピ」「やかまし村のこどもたち」が読書体験の原点。「ギャ〜!」と叫ぶほかない失敗をたび重ねていまに至ります。

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