日本を学ぶ

ヤマザキマリラジオ7/べッピ・キュッパーニ/磯田道史 ①

5月の連休、宮崎で聞いたヤマザキマリラジオ、爽快な早口くるくる回るトークがとても面白かったです。

8月17日、今回は夫の比較文学者ベッピ・キュッパーニさんと磯田道史さんがゲスト。前半はキュッパーニさんが登場。今はパドマの高校で先生をしておられるそうです。私は聴き逃し配信で今聴いています。

彼女が14歳の時に知り合ったマルコ爺さんとマリさんのお母さんが、彼が5〜6歳の頃に行ったのが初めての出会い。彼はそれまで日本人と出会うのは初めて。3階に住んでいた彼らは日本人が来ると聞いていたので階段の上から見ていた。「平たい顔だなと思った?」と聞いたら「びっくりした」。彼にとっては普通の家族だったけれどとっても面白い家族だった(漫画になっているそうです)、マリさんのお母さんはすっかり気に入ってしまって友達を連れたりしてどんどんマルコ爺さんの家を訪れたそうです。

その頃19歳のマリさんはフィレンチェで貧乏美学生。彼氏と11年間暮らして子供ができたので彼を捨てて、日本に帰ってきて3年。母がマルコ爺さんのところに行こう、と言ってマルコ爺さんのところに行った時はベッピさんはいなかったのでこのときには出会っていません(14歳違いなのでこのときベッピーノさんは若干5歳)。

その後、二人が出会った時は息子さんがベッピーノさん(息子さんと14歳違い、ちょうどマリさんと息子さんの間にベッピさんがいることになります)と大の仲良しになったそうです。2000年ユーロ統合の年に、イタリアで年越しをしたマリさんとべっピーノさんは思い切り喋って、マリさんが帰国した後、あんなに喋ることのできる人がいなくなって病気になっちゃったベッピーノさん。そして二人は結婚したそうです。マリさん、ベッピーノ、息子さん、14歳ずつ違う仲良しおしゃべり家族です。その家族のことをマリさんはギャグ漫画によく描いておられるとか(まだ読んだことはありません)。

ベッピーノさんは日本人マリさんと知り合うことで「世界への目が開かれた」そうです。マルコ爺さんは7年間兵隊生活を送る中でオーケストラを作った。マリ母とマルコ爺さんは、戦争の話、芸術の大切さについての話を通じてものすごく仲良くなったのでした。

「イタリアの人は自分たちの国で完結している狭窄的なところがあるので、違う観点で見る文化について話すことは生徒にとって意味があり、その材料として日本は面白い。日本人のバイタリティ、エネルギーを放出する喜びがある」とベッピさんは、感じているそうです。マリさんは「逆に感じている日本人が多いんじゃないかな・・・」と。私もそう感じました。ベッピーノさんは「グループで物事を成し遂げることがイタリア人は無理だ、日本人はできる、そのエネルギーはとても大きい」と言います。

マリさんは、「黙っているとどんどん上から話して来る、こっちの言うことをどんどん発していかなきゃいけない、イタリア人は相手のいうことをあまり聞かないで頭ごなしでいう。日本人は一応相手のいうことを聞くけど。だからイタリア人と会話をするのは大変。イタリアで暮らす、人との関係と持っていくのは生半可なものではやっていけない」と言います。生半可でないことは二人のやりとりを聞いていて痛感します。

「日本ではしかしイタリア流は通用しない。だから日本に感謝している」自分の中での調和が保てるようにベッピーノさんはなったそうです。「イタリア流のやり方アグレッシブさによってインスパイアされるものがある。しかし何人であるというのは関係なく、違いがある中で、知りたい人とはちゃんと繋がれる、ということがわかった。高校の先生として、彼らに対して頭ごなしでいうことはなくなった。協調や調和の大切さを教えることが自分の教育理念がある」と語ります。

ベッピのお好みの一曲はビリージョエル「NEW YORK STATE OF MIND」。忙しい会話の合間の静かなピアノの調べ(私も聞いていた!私も好き!それだけで嬉しい!)。「旅のことを語っている曲で、カリフォルニアにいてるけれどニューヨークに行きたい、という優柔不断さが人生を表している、そういう二つが必要だということが気に入っている」という少々こじ付け。

マリとベッピの関係は、精神的触発が大事で、だから物理的距離が離れていることもそれほどストレスにはならなかったそうです。コミュニケーションはどこにいてもできる。どっちかのために自分の何かを犠牲にするということをお互い求めなかったことがアドバンテージだと思う。だから子どもがどちらかの国に偏ることはなかった。

ベッピーノがシカゴに行って、その後マリさんと子どもがシカゴに行ったけれど、息子はハワイ大学に行き、マリさんはテルマエロマエのヒットで日本に足繁く通う必要ができ、結局家族はそれぞれの道を歩き、お互いに助け合うけれど、まあ時々会おうか、という関係。

ここら辺で磯田さんが相槌の形で明らかに登場します。我慢できなくなっております。

コロナになった時にマリさんは日本から出られなくなった。国際結婚の人には大きな打撃。年に何回か会えたのがなくなったことがきつかった。ベッピーノさんは日本にどうしても来たかった。大使館に聞いて「家族にご病気の方がおられたら特別」と聞き、ちょうどマリさんのお母さんが入院中だった(去年亡くなられたそうです)ので診断書を送り、日本にやってきました。ホテルに缶詰状態だったベッピは茶色いお弁当に辟易。結婚は社会の掟みたいなものだから世間体という圧力がある。今は新しい考え方や概念を入れて適応しなければ子どもたちが旧来の形では育たない。どんな形でも生きることを謳歌する親たち(喧嘩しようがしまいが)が子どもには必要なんじゃないか・・・最後はベッピの意見かマリさんの意見かわからなかったけれど2人の共通の考えなんだろうと思いました。

曲に入り・・・ジョニーキャッシュ「スーと名付けられた少年」スーと女の子の名前をつけられた男の子はいじめられている、社会の過酷さをしれたそれがお前を強くすると、やさぐれ父が歌っています。

(親が人生を謳歌して入れば子どもも人生を謳歌する・・・やりたいことを柵を捨てて行うことをお互いに否定しない、そういう関係の親子はいいな、と思います。言うは簡単行うは難しと心から思います。)

2023・8・24木曜  30日(水)に加筆訂正しました。ひどい文章のままアップして失礼しました。

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たつこ
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今でも手元にある「長くつ下のピッピ」「やかまし村のこどもたち」が読書体験の原点。「ギャ〜!」と叫ぶほかない失敗をたび重ねていまに至ります。

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