自分と向き合う技術

奇跡のレッスン〜重松清コーチ

「背中を押してあげれば飛躍できる子どもたちがいる」「きみの近くに物語はある」・・・奇跡のレッスン、今回の最強のコーチは作家の重松清さんです。2021年11月に放映されたものの再放送(2023年5月9日)です。

はじまりは街に飛び出しての「観察」。いざ小説を書き始めてみると、「モヤモヤしたものをなんとか表現する」自分と向き合う孤独が待っていました。果たしてどんな物語が生まれたのでしょうか。

8月下旬廃校になった小学校に重松さんはやってきました。早稲田大学で授業を受け持つ重松さん。「そもそも小説って教えられるのか?わかんないですね。ものを書くというのは一人でやることだから皆で集まるのには矛盾がある。小説はたった一つの正解を求めるのではなく沢山の正解があるということを感じて欲しいから、バラバラな人たちが沢山のアイデアを持って集まって欲しい」・・・11歳から16歳までを対象に公募したところ、12人の子どもたちが集まりました。誰が先生かわからない子どもたちに先生は誰がいい?と聞いたところ偶然にも重松清さんが一番人気でした。

子どもたちは全員本格的な小説を書くのは始めて。レッスンは夏休みの週末ごとに3回に分けて行うことになりました。重松さんは2022年4月に体調を崩して入院、その時にこの番組のオファーを受ける決心をしたそうです。「ものを創造する楽しみを一緒にやって行きましょう」

第一回目のレッスン。三つの班に分かれて、カメラを渡されて、学校を探検してみよう、という課題。「自分の学校とは違う何かを見つけて写真に撮ってください。みんなの発見したことを教えてください。自由に動いてください。」高校1年生の明(あける)くん。4人きょうだいの長男の明くんは、興味を持ったことにどんどん挑戦する理系男子、「今までやったことのない文系に挑戦したい」。彼がリーダーとなった班は真っ先に教室を飛び出していきました。他の班も次々と撮影していきます。1時間の探検で沢山のことを見つけたみたいです。

ベストオブ探検の発表。・・・屋上の立ち入りが制限されているところにあったアンテナ。貼り方が雑で大雑把な下駄箱のシール。どの教室にもつながっている電話の回線。階段の踊りにある黄色い点字ブロック。

「テレビのアンテナは、昭和の住宅街には当然のようにどこにでもあったけれど、なくなっていっている。アンテナにはしばしばカラスが止まる。そういう風景がなくなっていく。」「職員室から一発でどの教室にもつながる電話が繋がったのは、大阪で刃物を持った男が学校に乱入した事件の結果。痛ましい事件が起きれば起きるほど学校は街の人たちが自由に遊びに行ったりすることができなくなってしまったんだな。」「点字ブロックが、目の不自由な人のためにあるんだということは皆知っている。もう一歩進んで考えると、その上にものをおいたら大迷惑だよねという想像力、観察力、自分以外の人には違う見え方をしているかもしれないという観察と想像が小説を書くという行為(アウトプット)に繋がる」・・・子どもたちはそういう「深く考察する」という発想に気づき、驚いていました。「インプットをストレッチすることでアウトプットが動くんだね」と重松さん。

第二回目のレッスン。公園に集まりました。配られたコピーは『十五少年漂流記』に登場する地図でした。無人島に漂着した十五人の少年たちが力を合わせて暮らしていく冒険物語。少年たちは島で初めて訪れた場所に名前をつけていきました。ファミリー湖、落とし穴森、クマの岩、などなど。重松さんは子どもたちに「今いる公園の一帯にどんどん名前をつけていき最後にこの公園全体に名前をつけてください」と指示。昨日と同じ班で動く子どもたち。「マッチ岸」「チーズ基地」と次々に名前の出てくる明くん班。一方天音(あまね)さん班は会話が進みません。天音さんは喋るのが恥ずかしいけれど書くのは得意な現在不登校中の中学二年生です。「人との関わり合いを大事にしていきたいと思っている」と自己紹介をしましたが班はばらけてしまいそうです。

「名前で呼ぶということはその人のキャラクターを認めてくれるということ。それは人も物も同じ」自分で名前をつけると特別なキャラクターに変わるのです。明くんの班は二つの名前(マッチ岸・チーズ基地)を決めてから、「キッチン公園」と全体の名前を決めました。キッチンを中心に公園のものに次々と名前がつけられていきました。「きのこの集会場」に、「マカロニブランコ」、「鉄板坂」楽しい名前が次々と浮かびました。

この日、三回目のレッスンに向けて小説の題が発表されました。「〇〇の小さな大冒険」。小5の孔亮(こうすけ)君はイメージが湧いたようです。「学校とかちょっと寂れた感じを出したいな」・・・とはいえ中々先に進みません。「話すのは得意、本を読むのは大好きなんだけれど、書くことはすごく苦手、呪われたみたいに書けない」孔亮くん。

第三回目のレッスン。子どもたちの家族を交えて重松さんとの懇親会が開かれました。「思春期のモヤモヤに40年越しに決着をつけていくために小説を書いている」と重松さん。小学校で4回も転校を経験、吃音で上手く話せない少年でした。話すときにものすごく緊張するのは今も変わらないそうです。作文だったらどもらずにいくらでも書けたから楽しかったそうです。大学は教育学部を選びました、その後早稲田文学の編集に関わり、中上健次や立松和平に出会い、自分の文学の才能の乏しさに出版社就職を選び、その後フリーになって書いたルポジュタージュが話題になり、28歳の時に小説を書くことを勧められます。そして、バブル崩壊後の人の憎しみを書いた「カラス」という小説が転機となり、「ナイフ」「エイジ」「ビタミンF」などの名作が次々と生まれます。

天音さんのお母さん、「娘は不登校気味で気味で高校をどうしようかなと思っています」と質問。重松さん「15・6歳で決めたことに縛られてしまうのは勿体無いし、いつ始めたって、どこのルートを通ったっていいと思います。最短コースの正解だけでないルートがある。そのためにいろんな人の生き方を見て欲しい」。天音さん、「そういう言葉を面と向かって言われたことはなかったから泣きそうになりました」。

今日は重松さんが選んだペアで商店街を歩きます。「大人たちもいる空間の中で面白さを感じて欲しい」という重松さん。商店街ならではのお店の上の住居を見ながら、中学1年の葵(あおい)さんとペアを組んだ天音さんは駅に向かい、ホームを観察します。「乗り込む人は右足から」という天音さんに葵さんはびっくり!1時間一緒にいる間に天音さんは葵さんに話しかけていきます。

四回目のレッスン。自然豊かな場所に集まって「風景を感じて歩いてください」と言われた子どもたちは昨日と同じペアで歩きます。重松さん「インターネットの苦手なものは?」「匂い」。「そう緑っぽい匂いとか花の匂いとか土の匂いとか、それは自分で感じるもの」「草のふわっとした感触とかインターネットではわからないよね」。雨上がりの公園ならではの手触りや匂いを感じて子どもたちは歩きます。「四つ葉のクローバーとか見つけたことない」「わたしもない」少しずつ縮まるペアの距離。

さて小説は書けるでしょうか?テーマは『〇〇の小さな大冒険』。身近な人を主人公にして最後は元気な言葉で終わって欲しい、ということです。子どもたちは、最初の一週間で書いた途中までの原稿を重松さんに提出しています。

未来(みらい)さんは16枚も書いています。重松清さんが大好き、という未来さんが選んだ主人公は小学校時代からの親友なぎさんです。なぎさんの持つ「優しさ」を描きたい、という未来さんの選んだ題材は「いじめ」。それを読んだ重松さんは、「大した理由もないのに人をいじめるあいちゃんをギャフンと言わせよう」とアドバイス。でも未来さんは「優しい子をテーマにしたい」と思い、いじめをどこまで詳しく書いたらいいか悩んでいました。

第五回のレッスン。小説を書くレッスンです。一人ずつ順番に重松さんと面談をします。未来さんは「優しさがテーマだからどこまでいじめを書いたらいいか」と相談します。重松さんは「そうか、それなら、いじめより優しさを描こう」とアドバイス。未来さんは気持ちが決まりました。次は孔亮君。四人の登場人物の書かれた1ページのメモしかできていません。「冒険は何やる?」「うーん四人組で一人転校する」「それだったら何したい?」「その子が好きなところに行くとか、公園に行くとか」「いいじゃんどんな公園?」「小さな公園、僕たちが名付けた公園。誰かがお母さんに縛られていてこっそり公園に行くとか」「できたじゃん」。重松さんの合いの手が入ることで孔亮君のアイデアが広がりました。

天音さん。ノートには登場人物の設定とあらすじが書かれていました。「主人公の内気な引きこもり気味の妖精はほぼ私なんですけど」。妖精は人間界にやってきて悩みを持っている男性と知り合います。「何が起きる?」「え〜何だろう」「今までだったらスルーしていたことを今回頑張ってやってみたいな」「あ〜はい、やりたいです」。早速書き始めた天音さん「すごい嬉しいです」。

明君。ストーリーと登場人物たちの性格や人間関係が書かれていました。「冷酷」「不登校」という言葉が出てきています。人間関係でしんどいことがあって受験が終わって一回学校を休んでいたことがあって、そのときの親友のゆうき君とのやりとりを今回の小説に入れようと思っています。書き出しを読んだ重松さん「いい感じ、ぶくぶくっていうのは何?しんどいよね、それは無理して書かなくていい」、「ここからいじめのシーンになる。受験が終わった2月から学校休んで二度と学校に行かないと決めて、そこで親友と出会って、卒業式を迎える」、「書くのもしんどいと思うからそんなに細かく書かなくていいと思う」、「客観視してみると、内輪ノリなんじゃないの、と思うけれど実は僕は傷ついている、ということを伝えたい。そして自分を大事に思ってくれている人はいるというポジティブなものを伝えたい」と明くんがこの出来事を人に話したのは初めてでした。「重松さんにだいぶ救われた」と明君。「自分の内面と向き合う時にその内面に優劣をつけたらダメ。人と比べてこの子の方が上手い下手とかではなくて、ここにあるものを出す、そのお手伝いをするのが自分の役目」と重松さん。

発表会まであと一週間。子どもたちは家で書くのです、それは孤独なたたかいです。発表会前日。10時に集まった子どもたち。この日の夕方5時が締め切りです。

天音さんは体調を崩してしまいました。書けた原稿は重松さんがチェックします。午後2時1番手完成。『雨の日の不思議なバーで』という題を褒められた翔(しょう)くん。未来さんは、中学校編で書きたかったことをエピローグとして、44枚の小説を書きました。

締め切りまであと20分。明君が終わりました。予定よりページ数が多くなりました。「ささるね。くるね。自分にとってしんどかった言葉をよく書いたな。お前の勇気だな」という重松さん。孔亮君ギリギリに完成、ふらふらになり、16枚の作品を仕上げました。「しんどいだろう、最後まで仕上がってよかったな」。

天音さんとオンラインで連絡が取れました。「とりあえず全部はいきました」「やったね!今から明君が話たいそうで」と重松さん、明君にかわります。「自分も中学校の受験が終わってから学校に行ってなかった、から、天音さんの気持ちがわかるような気がして。偉そうかもしれないけど。僕にも周りが良かれと思って話してくれたけれど卒業式の後熱が出てしまって。でも、自分に話しかけてくれる人がいることがわかったらちょっとでも力になれるかなって思って」・・・ほかのみんなも集まってきて天音さんとおしゃべりします。おしゃべりしたかったのです。

「全員が最後まで書けた、終わった〜!!!ナイスコーチ!!!!」重松さん。

いよいよお披露目。家族や友達が集まってくれました。発表会の始まりです。「書き上がらない生徒さんがいたらどうしようと話していたんですが、みんなが仕上げました!」と重松さん。プロの声優さんが音読してくれました。

明君は『ラインの返信が遅い君へ』を、不登校になった時に支えてくれた夢生(ゆうき)君と朗読を聞きます・・・「こいつニキビすげーわ。顔洗ったことあるんか〜。」「確かにこいつ体型も顔もぶくぶくしてるな。これからぶくぶくって呼ぶわ」と始まったいじめ。「無理していない?」というYからのラインに「大丈夫何とかなる・・・多分」「多分ってそれ無理している奴がいうセリフナンバーワンだ」。それでもいじめはエスカレートしていきます。「『間違いないやっぱ人の絶望って最高だわ』嘲笑がクラス中から湧き出した。」・・・不登校になった僕は部屋に引きこもります。スマホのスイッチを入れるとYからのライン「ごめんお前が不登校になるまで事の重大さに気づかなかった。自分が悔しい。ごめん。本当にごめんね。」「心配かけて本当にごめん。あって話したい。Yにあいたい。」

「いじめの細かいディテール、本当に辛かったと思います」と重松さん。「辛かったと思います」と夢生くん。「文章にする今回の機会で僕たちが聞けることが多かったです。なかったことにするんじゃなくて受け入れることができたことが素晴らしい」と明くんの父母。

難産だった孔亮くんの作品『ともだち』。・・・いつもの公園でいつものように楽しく過ごして親友を見送った後、三人は、泣きます。それぞれ自分のうちに帰ります。それぞれドアを開けて、それぞれの気持ちを胸に、こういった、「ただいま」・・・。母は「登場人物のモデルを私たちは知っているのでその個性をよく書いたなと思います。」。

天音さんの作品『フルールの小さな大冒険』・・・職場の人付き合いで苦しんでいる青年ハル、妖精フルールは「さあどうするんだハル。上司との飲み会なんて金時間体力がそがれるだけだよ。自分の気持ちに正直になって」と強く思います。妖精の声はハルには届きません、が、その時強い風が吹き桜の花びらが入ってきた、ハルはその桜の花びらが自分を後押ししてくれたように感じ、上司に断りの電話を入れます。その時妖精フルールは「友達だっているのに、自分から動こうとしないで関わりから逃げていたのは自分自身だった」と思い至るのでした。フルールの友達「モーブ」は葵さんがモデルでした。

『つながる』未来さんの作品です。ナナはいじめっ子グッループの隅っこにいました。いじめを止めようとするあかりが登場しますが結局あかりは転校することになり「短い間でしたがありがとうございました」と挨拶。「ありがとうございましたってさ、いじめてくれってことだよね。残りの日も悔いの残らないようにいじめないとね」といういじめっ子に対して「そんなわけないじゃん」という言葉。え、今言ったのって私?「いじめられてありがとうなんて思うはずないじゃん」ナナのこの一言でいじめは終わります。中学生になったナナ、小学校の時の話をして「優しさと勇気と強さがつながっている」と友達に言われたナナ、夕日を見てそれらが繋がったと実感しました。

「この作品を最後に紹介したかったのは小説は人と人との繋がりを表すと思う。十二人の初めてあった子どもたちが繋がったと思う。作家たちに拍手!」と重松さん。別れの時「小説を書くという課題を通じていろんなものを見て向き合ってきたと思います。その心も自分の出会った人や読んできたものが自分を作っている。心の栄養のことを思い出っていうんだよ。僕の小説の中にみなさんにちょっと似た子たちが登場すると思います。皆は僕の自慢の弟子です!」

「私の見ている世界を変えてくれたのは先生のおかげです」「いろいろな気づきを与えてくれてありがとうございました」「過去の決着ができた。今以上に周りの人にいい接し方ができるかな」「観察力・・道を歩く時の楽しさが増えたと思いました」

素晴らしい6日間を過ごした幸せな12人の小説全部読みたいです。載っていました!やった。

https://www.nhk.jp/p/wonderlesson/ts/G96W6L9K7X/episode/te/GN3L96YLP4/

彼らに幸いあれ!!!と願うとともに全国の子どもたちにも幸いあれ!!!!!と心から願います。道は一本ではありません。そして重松清さん、素晴らしい名コーチに拍手。

2023年5月15日記今日はJリーグ誕生30年。MVPは43歳現役の遠藤保仁選手(ジュビロ磐田)が選ばれました。人と違う視点を持って動くから思わぬ結果が生まれると教えてくれる選手ですね。

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たつこ
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今でも手元にある「長くつ下のピッピ」「やかまし村のこどもたち」が読書体験の原点。「ギャ〜!」と叫ぶほかない失敗をたび重ねていまに至ります。

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