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斎藤幸平を巡って〜藤原辰史との対談・「モモ」を読む 

7月16日(金)朝日カルチャーセンターの「危機の時代を生き抜く哲学」〜藤原辰史さんと斎藤幸平さんの対談〜を受講しました。

藤原辰史さんは京都大学人文科学研究所准教授、研究概要として次のような記述があります。《専門は歴史学、とくに農業史と環境史です。20世紀の食と農の歴史や思想について研究をしています。これまで、戦争、技術、飢餓、ナチズム、給食などについて考えてきました。分析概念として「分解」(ものを壊して、属性をはぎとり、別の構成要素に変えていくこと)と「縁食」(孤食ほど孤立してなく、共食ほど強い結びつきのない食の形態)を用いて、自然界と人間界とを同時に叙述する歴史の方法を考えています。》

https://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/hub/~fujihara/index.html

斎藤幸平さんは大阪市立大学経済学研究科 現代経済専攻 准教授、自己紹介、学生への言葉として《マルクスの思想を研究しています。19世紀の理論が今日の社会でどのような意義を持つかを日々考えています。学生時代にいろいろな本を読んで、論理的・批判的な思考力を身に着けてください。私もそのお手伝いをします!》とあります。

https://www.econ.osaka-cu.ac.jp/ja/staff/kohei-saito/

藤原さんが、ゲストを迎えて対談するという形の第一弾、ゲストの斎藤さんは、「マルクスを読み直す作業を通して、マルクスは正しかったというのではなく、資本主義への違和感をあぶりだし、資本主義社会よりももっと豊かな社会のあり方を考えようとしている」と自身の研究について語ります。著書「人新世の資本論」が、ベストセラーとなっているのは、人々のなかに「おかしい」という感情が広がっているからで、この本の思想が「共通言語」となっていることは意義深い、と。

「人新世の資本論」では、「自分たちの消費生活のために」ではなく「自分達の生活を変えること」で搾取されている人の負荷を少なくして、本来皆のものである「空気・太陽光・土地」をもう一度皆のものにして皆で管理するの=自治を取りもどす、という考えが語られます。

藤原さんは、「権力は言語体系を変える」。例えば国鉄や郵政が「民営化」された、と言いますが、実際には民営化ではなくて企業化だった。それを「民営化」ということにより私たちは「民」という言葉を奪われたのだ、と。岐阜県の石通色(いとしろ)という地域での、市民たちが二億円を出資して農水路の水を使った発電(省水力発電)により、年間1000万円の電気代を節約しあげた利益を町おこしに使っている例をあげて、これこそが「民」によるコミュニティの力による自治の取り戻しだと言います。

斎藤さんからマルクスを引いたら?との藤原さんからの質問に、斎藤さんは「何も残らない」と答えました。斎藤さんの妻はピアニストだそうで、ピアニストに例えればバッハの曲は人によって演奏が変わるけれど、曲がなければ弾くことができない。そのように、斎藤さんはマルクスに今の問題意識が反映される事で別のものになる、古典を今どう読むのか、その読み方を与える事で命を吹き込む、というのです。

資本主義の世の中、人々の心は貧しくなった。けれども資本家個人を攻撃するのではなく、資本主義というシステムに対する体系を作ったマルクスをアップデイトしながら、誰にでも当てはまる問題として語りたい、と斎藤さんは言います。

質問タイムには多くの人が挙手、なかには高校生もいました。高校生の質問「教育」については、「点数ではかられる効率の良い教育システムを変えるのは難しい・・・ただ白馬村の高校生3人の行動により白馬村が気候非常事態宣言が出たという例があって、そんな風に若者たちにはルールを現状に即して変えていくという経験をしてほしい。」と答えていました。

http://hakuba-sdgs-lab.org/190920_globalclimatestrike

「日本はどうして行動に移しにくいのか?」という質問には、藤原さんが、行動に移した例はたくさんある、例えば「給食の歴史」。ただその歴史を多くの人が忘れていることが問題だ、と答えていました。

最後に「マルクスが流行る時代は不幸な時代」だとの言葉と、「脱資本によって楽しく生きる可能性の追求を行うことが、つまりステーキではなくシャンパンでもない幸せを追求することこそが真理ではないか」とのまとめがありました。

眠くなんか全くならないあっという間の2時間でした。兄弟のように似ている(ピンクのカッターがお揃いでした)お二人の対話にはうなづくところが多かったです。ただ、、、実現可能なのか?私が経験した小さな集団でさえ利害関係に基づく人と人との諍いは常に勃発してきた、しているのです。諍いの中「共生」が「強制」や「矯正」に繋がっていかないのか?ずっと、もやっと心にあります。

それから何日後でしたかちょと記憶が曖昧ですが、BS1スペシャル「コロナ新時代への提言3、それでも、生きていける社会へ」を観ました。ミヒャエルエンデ作「モモ」を読み解く番組です。

https://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/Q3JPY69RR7/

「ビジネスは歴史的使命を終えた」と語る独立研究者・山口周さん、医療従事者や患者への丹念な調査から「人間とは何か」を問う医療人類学者・磯野真穂さんとともに、斎藤幸平さんが登場し、読み直した本が「モモ」でした。これが面白くないはずがない!

髪はもじゃもじゃ服はボロボロの「モモ」幸せにくらすモモの街に、時間泥棒たちがきた。「人生を豊かにしたいならば時間をお金のように節約しろ。」といい節約した時間を盗んでいく。人々はモモと喋ることなく忙しくなり灰色の男たちに支配されます。斎藤幸平さんは「灰色の男たちは資本である」と言います。資本主義は、私たちを働かせたく、私たちを消費させたい。

「経済か命か」という選択を迫られ、経済のためには命を犠牲にしても仕方がないと思っている私たちは思考停止に陥っています。磯野真穂さん(医療人類学者)は、「不要不急」という言葉に賛同する人が多かったことに怖さを感じたと言います。日々更新される感染者数、死者数。命も経済も数値化され、比較され、バランスを取ろうとする。命ってそんなに簡単に数値化できるものではない、数値化すればわかるものではない。経済は「暮らし」を」を要約した数値でしかないのにその数値に支配されていいはずがない。

ゴンドラ猫、箱に入れられた猫と自分で動く猫。結果としてぐるぐる回るのでみている景色は同じ。しかし受動的なゴンドラ猫はちょっとした障害物を乗り越えられない。情報としてみているだけでは動くことが難しくなる。自分で判断するのではなく、情報から指示される、コロナ下の人々の状況はこのゴンドラ猫と同じ状況ではないか。

独立研究者、山口周さんはコロナは近代の終りを告げる出来事ではないか、と言います。「退屈するのは怖い」と呟いたマリーアントワネットが近代の始まりだったと考える山口さん。私たちが退屈に対するものを生み出す、とめどない生産と消費が近代の営みなのです。山口さんによると、「灰色の男たち」は必ず退屈しているときに現れる。人の心が退屈したときに現れる魔が灰色の男たちなのだ。一方友達がみんなうちに帰ってしまったときモモは長い間荘厳な静けさにひたすら聴きいるのです。モモは何もないことに喜びを感じるのです。

斎藤さん「コロナ禍が終わったとき、今までの生活に戻るのではダメだ。今までの生活が気候変動や、このパンデミックをうんだ。いま直面している危機の氷山の一角だ。」

山口さん「コロナが終われば経済は上向く、との言説に違和感を感じる。先進7カ国のGDP成長率は下がってきた、そんな状況だったのに、経済成長という幻想を私たちはまた追おうとしている。物を作りすぎた私たちの世の中、もう物はいらないと思う人が多くなった。そういう社会=高原社会に世界で一番先に到達したのが日本なんだ。」

富の分配の問題。物質的な豊かさと幸福実感は必ずしも比例しない。「生まれきてよかった」と思える社会を作れるのか。

斎藤さんは「マルクス」に鍵があると言います。「豊かさとはそもそも何なのか」を問う。子育てにかかる数値(一人何千万円)を頭に浮かべて、子どもを持たない選択をすることが幸せな社会と言えるのか。今、コロナ後の社会について人々の誤解を解く必要がある。晩年のマルクスの、資本主義の破壊的なシステム(資本主義が過酷な労働状況を作りまた地球環境を破壊する)という考えに、マルクスの思索の到達点が見いだされるといいます。

脱成長コミュニズム=共に贈与する、から、生活に必要なものへのアクセスが保証される。アルゼンチンなどで実施されている富裕税、二酸化炭素を多く消費している富裕層、コロナ下でもさらに富を蓄えている富裕層、から税金を取り、生活に必要な公共財をコモンとして皆で作り皆で共有し共生する。

山口さんも、「誰も取り残されない社会を作るときに、社会における共生の概念が必要だ」と言います。セイフティネットとして社会保障がある、という言説の下、そうならないために皆が必死にやりたくない仕事をしている。そうではなくて、みんなで負担を分け合う=税金を上げるというやり方がいいと考えるそうです。累進的な課税により金持ちが金持ちで居続けることができない社会を作る=お金を稼ぐためにつまらない仕事にしがみつかないという価値観を植え付ける必要がある、というのです。人間の考え方を変えないとシステムは変わらない。

モモは、皆と違う考え方を持っているので、ひとりぼっちになります。でも皆のために一人立ち上がるのです。

相互扶助が人間にとって極めて効率的であると主張したのがクロポトキン(ロシア)。競争の末生き残ったものが進化してきたというダーウィン的な考え方でなく、お互いに助け合ったからこそ動物も人間も進化してきたのだ、とクロポトキンは言います。助け合うことこそ人類の本質だ。

皆を助けようとするモモは、「人間は自分の時間をどうするかは自分で決めなくてはならない」というマイスターホラと出会います。

「暮らし=太陽が昇ってから沈むまでのコントロールできない時間の中で精一杯生きること=一人一人に与えられた時間は決まっていて、それをどう使うかはその人が決めること。」と磯野さんは考えます。一人一人が暮らしを大切にすれば、他者に対する共感を増やすことにつながる。

「人間には時間を感じ取るために心というものがある。」山口さんは「感情」を回復することが大事だと言います。人類は進化によって「感情」という機能を獲得したのです。だから「感情」を押し殺すことはその人の生のバイタリティーを毀損するのです。

磯野さん「死なない選択はできない。でも灰色男たちは人間から時間を奪って永遠に生きようとする。この灰色男は現代の人の生き方の象徴なのです。」

モモとのたたかいに敗れ、時間を使えないようにする時間泥棒たちは自滅しました。「いいんだ、これでいいんだ、何もかも終わった」と言いながら。モモが金庫を開けたとき、人々に時間が取り戻されます。子どもたちが道路の真ん中で遊び、人々が談笑し始めます。

モモが取り戻した社会は「経済成長に依存しない豊かさ」だと斎藤さんは言います。経済成長をもっと求めると、未来の地球にマイナスになってしまう、もっとポジティブな生き方をしよう、とエンデは主張していると。モモが人の話を聞くことで人々の悩みを解決する力を持っていたことは、人が出会いの中で持つ時間こそが人の心を育み豊かにすることと繋がるのです。

藤原辰史・斎藤幸平・磯田真穂・山口周らの思想に触れながら、また、「モモ」の物語の素晴らしさを再確認した時間となりました。すでに古典となっている「モモ」をどのように読むか、その読み方でざまざまなことが学べます。心理学的な読み方をすることもできます。(2020年8月河合俊雄さんが読み解きました。河合隼雄さんもモモについては多くを語っていました。)

https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/100_momo/index.html

様々な人の「演奏」を聴きながら、自分はどう読むのか。「モモ」も再読したいと思います。そして、次は、藤原さんの「給食の歴史」(岩波新書)を読んでみるつもりです。

https://www.iwanami.co.jp/book/b378374.html

2021・7・25(日)記 オリンピック休暇最後の日。テレビからは選手たちの様々なドラマが流れてきます。選手たち一人一人の努力、には心から敬意を表しつつ、オリンピックによって思考停止にならないように、と思います。

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英語学習・音楽制作・WEBデザイン・体質改善など、色んな『まなび』と『教育』をテーマにnelle*hirbel(通称ねるひる)を中心に学びクリエーターチームで情報を発信しています。 YouTubeチャンネルでは、音楽×英語の動画コンテンツと英語レッスンを生配信しています。

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